よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

昨日のエントリの訂正と教育現場の改革

第一日曜日の今日は我が住宅の一斉清掃日。私の組の組長さんは更生保護女性会(社会を明るくする運動の推進団体の一つ)の仕事に割り振られているので、「昨日の講演会は、椅子を増設するほどの盛況で良かったですね」と声をかけた。

 

その方の話では、昨日の防犯劇の演じ手は、制服姿で司会をした女性だけが警察の人で、劇を演じた3人はすべて学校の先生なのだそうだ。ならば、おそらくはボランティアであろうから、私が心配したほどお金はかかっていないのだろう。私はてっきり警察官たちが、仕事としてやっているのだとばかり思った。

 

しかし、それならそれでまた、新たな疑問がわいてしまう。いま学校現場はブラック労働が大きな問題になり、忙しすぎて疲弊している教師を助けるため、保護者や地域の住民をボランティアに巻き込んで働き方改革を進めているところもあると、今朝のテレビでも伝えていた。

 

防犯チームに参加している先生方の学校では、そうした問題は抱えていないのだろうか。もしかしたら、普段身を置いているところとは違う場所で活動することで、リフレッシュできるということもあるかもしれないし、すでにそうした教員以外でもできる仕事を外注して、余裕の持てるようになった先生方かもしれないけれど。

 

今朝のテレビ番組で紹介されていた北名古屋市の例では、地域のメダカの研究家のような方に理科の生き物の授業に参加してもらったようすや、プール授業の監視や移動・着替えなどの付き添い、家庭科の調理の授業での補助などに、保護者や地域住民の力を借りるようすが挙げられていた。教師たちは、その分学習のほうに注力できるようになったと言っていた。

 

私は学校教育の根本から見直す必要があると思っているけれど、それは一朝一夕にはできないことだし(現政権では特に)、学校現場が非常に大変な状況にあるのも事実なのだから、まずは対症療法であっても、こうした教員免許がなくてもできることを、ボランティアなど外部に託していくことは急務だと思う。

 

この地域の小学校でも、さまざまな外部の出前授業を受け入れているが、そのことがまた教師の新たな仕事を増やしている部分もある。出前授業に行く人(高齢者であることが多い)の自己満足の場になってしまわないよう、受け入れる学校側も前例などに流されないできちんと対処すればよいと思うし、出前する側は、真に学校の助けになる行為かを、厳しく自問する必要があると思う。

 

 

【追記】中国好きの松っちゃん(id:mm3493)さんのコメントを読んでいて思い出した。テレビで紹介された学校には、登録されたボランティアと授業を結ぶ「コーディネーター」というスタッフがいた。これは非常に重要なことだ。そうでなければ、この制度もかえって教師を煩わせるだけになってしまう。

 

yonnbaba.hatenablog.com

かつてユネスコに属し平和学習の出前授業をしていたころ、先生方の負担を増やしてしまうことが私には非常に心の重荷だった。

 

 

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猫の手も借りたい?   (画像は「知恵ラボ」さんのサイトからお借りしました)