よんばば つれづれ

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懐かしい街へ

今、新横浜からの新幹線の中にいる。一昨年の病気以来、すっかり気弱になって豊橋に足を向けることができなくなってしまった姉の顔を見るため、私の方から出向くことにしたのだ。

朝8時に家を出て、11時過ぎ姉の家に到着。お昼をはさんで夕方5時半まで、1年何か月分かを一気にしゃべった。おととし北里に入院中の姉を見舞って以来、その時は入院中の病人でもあり、それ程長く話してないので、こんなにたくさんしゃべったのは、本当に久々だ。

今回姉に会いに行くにあたって、決めていたことがあった。事前に知らせると無理して何か準備したりするといけないので、何も知らせずサプライズで訪ねていくことと、横浜で崎陽軒シウマイ弁当を買って行って、姉と一緒に食べることだ。くみちょう(id:Strawberry-parfait)さんのブログで、しばしば「美味しい、美味しい」と紹介されているアレである。姉が通常の状態であれば、お昼は姉の家に着いてから姉の世話になるのだが、今は姉に負担をかけられないので、例のシウマイ弁当を食す絶好のチャンスだと思い、手土産代わりに弁当とデザートのケーキを持参した。

***やっぱりスマホでの入力は大変なので、ここまで下書き保存して、以下は帰宅してからパソコンにて。

先週の電話の時に一週間のスケジュール(リハビリや通院のほか、時間を短縮して再開している刺繍のお稽古など)をそれとなく聞き出しておいたので、多分今日は在宅のはずと踏んで一路姉の家へ。11も年の離れた姉とは子供のころは関係が希薄だったけれど、私が結婚後思いがけなくすぐ近くに住むことができたので、神奈川にいた5年半の間に、何十回、いや何百回通ったか知れない姉の家だ。けれども、最寄り駅の周辺は最近再開発ですっかり様変わりしてしまい、駅前に立っていた警備の方に教えていただかないと、姉の家に向かう通り自体が一体どれだったのかも分からないほどだった。

こんなことで方向音痴の私がたどり着けるだろうかと一抹の不安もあったが、サプライズは薄まるけれど、いざとなれば姉に電話して聞けばよいのだから、懐かしい通りを面影を探しながら歩いてみることにした。商店街も随分変わってしまっていたが、途中2、3軒はなじみのある屋号の店があり、なんとか無事に到着し姉をびっくりさせることができた。

そうして、崎陽軒シウマイ弁当も、期待を裏切らない美味しさだった。姉も好きなので、とても喜んでくれたし、亡くなった義兄も好きだったとのことで、仏壇にも供えていた。良いお土産になりました。ありがとう、くみちょうさん!
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写真も撮らずに食べてしまったので、お店のサイトより拝借。おのぼりさんの私は駅構内で調達したので、基本のもの1種類しかなかった。

豊橋に停車する新幹線ひかり号は本数が少ないので、夕方5時半過ぎには姉の家を出て帰路につく。私が小学校6年生の時に姉が東京に嫁ぎ、以来何度となく訪れた姉の家だが、すぐ近くに住んだ5年は別にして、ここに来て泊まらずに帰るのは初めてのことだ。「出かけられるようになればゆっくりしてもらって、一緒に東京の展覧会やコンサートにも行けるから、頑張って元気になるわね」と姉は言っていた。今回の私のサプライズの訪問が良い刺激になれば嬉しい。



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懐かしい通りのはずだけれど、私が幼い息子たちを連れてしげしげと姉の家に通ったころとはすっかり変わってしまった街並み。姉によれば若い人はどんどん都心に出てしまい、すっかり寂れたということだが、田舎者の私から見れば十分にぎやかだ。