よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

シロさんとケンジに学ぶ愛と平和

この一週間は長かった。3日間の信州旅行がなかったら、さらに長く感じたことだろう。なぜかと言えば、先週の金曜日の深夜(厳密には土曜)、楽しみにしているドラマ『きのう何食べた?』の放送がなかったからだ。

 

録画したドラマを朝から見たことなどなかったけれど、今朝は朝食後一段落するのを待って早速再生してしまった。もう9回なので、あと1話かせいぜい2話かと思うと、残念でならない。

 

今回は、ケンジが美容室の店長から浮気話の悩みを聞かされるいっぽう、シロさんは友人の結婚パーティーで女性たちに取り巻かれ、結婚指輪があればこの面倒さから解放されると思い、ケンジの誕生日プレゼントにペアの指輪をプレゼントするという物語だった。

 

女性たちに煩わされてろくに食事できず帰宅したシロさんは、久々に一人で晩御飯を食べて味気無さを痛感し、パートナーがいるからこそ品数多く料理する楽しみもあるのだと気づく。その頃、長年暮らした夫婦のもの足りなさを嘆く店長に、ケンジは「恵まれている店長は贅沢だ」と叱責していた。

 

日付とイニシャルの刻印を終えて受け取ってきた指輪をシロさんからもらったケンジは、「ありがとうシロさん、大事にする」「大事にする・・・」と喜ぶ。

 

毎回このドラマは、一番身近なパートナーの大切さに気付かせてくれる。そしてその大切な人と、愛情込めて作った料理を共に食べる喜びは、無上のものだと教えてくれる。

 

狩猟採集していた時代、運よく獲物が手に入り仲間とともに食べて生き延びることは、人類のただ一つの生きる目的であり喜びだったことだろう。農耕するようになれば、何より豊作を願ったことだろう。

 

時代が進み、文明が発達し、いまや世の中は複雑かつ高度になりすぎ、ヒトの喜びもさまざま、満足ということに果てしがなくなってしまったようだ。もう一度、シンプルな人類の喜び―大切な人と美味しい食べ物を分かち合う幸せ―に立ち返りたいものだと思うが、そのために映画『復活の日』のような世界を経験しなければリセットできないというのでは、残念過ぎる。

 

共に生きる人と、分かち合い語らいながら美味しいものを食べる、これを大切にすれば、戦争などしていられない。すぐ隣にいるよその国から来た人(そもそもこうした世界になれば、移民や難民自体が消滅するはずだけれど)と、いがみ合うこともなくなると思うのだけれど・・・。

 

 

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あっちの方が美味しそう!なんて言いません。