よんばば つれづれ

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紹介せずにいられなかった『歌川国芳 猫づくし』風野真知雄著

しばらく本の感想はお休みしようと思っていたのだけれど、題名に惹かれ、これなら楽しく読み流せそうだと手に取った本著、思いのほか味わい深くて、ご紹介しないのはもったいない気持ちになってしまった。

 

主人公はもちろん浮世絵師の歌川国芳。7つの連作短篇で、それぞれに国芳の作品と周辺の人物、家族・ファンや弟子などの関係する人物が取り上げられ、また猫好きでここに描かれた当時に国芳が飼っていた8匹の猫も各篇で1~2匹ずつ描かれる。

 

「下手の横好き」で取り上げる作品は『浮世又平名画奇特』で、ワキとして登場するのは弟子の芙蓉堂の隠居。大金を積まれたので国芳はつい弟子にしてしまったが、これが下手の横好きで、しかも春画ばかりを描き、リアルさを求めてとんでもない行動に出た顛末を書いている。登場する猫は「クロベエ」という黒猫だ。

 

「金魚の船頭さん」はもちろん『金魚づくし』(中でも金魚が尻っぱしょりした『いかだのり』)で、国芳の絵の熱烈なファンである金魚屋金左衛門と、トラ猫の「キヨマサ」が登場する。

 

「高い塔の女」。国芳好きな方ならああ、あの絵・・・と目星がつきそうだ。ワキは北斎の娘お栄、キジ猫の「おたか」や、牝猫にもてもての「源氏」が描かれる。

 

「病人だらけ」では妻とその母親について語り、「からんころん」では弟子の三遊亭小円太(のちの圓朝)と一魁斎芳年(のち月岡芳年)の話で、もちろん怪談仕立て。登場する猫は「お岩」「お菊」と念が入っている。

 

「江の島比べ」は同い年でかつては兄弟弟子だった広重が登場し、それぞれが描いた「江の島」や雨の絵に殺人事件が絡んでくる。

 

団十郎の幽霊」は、興行に行った先の大阪で、突然自死した八代目団十郎をめぐる幽霊と、自分の贋物の出現にもしやそれが死神というものかと、自身の人生に思いを巡らす国芳の物語。団十郎の遺した猫は国芳の「お岩」に代わる8匹目の猫「団十郎」になる。

 

国芳とともに7篇通して登場する人物に、下っ引きの松吉がいる。初めはまだ少年のあどけなささえ残す愛嬌のある若者だったのだけれど、話が進むにつれて仕事に慣れて抜け目なく擦れていく。人が権力を持つとはこういうことかと国芳をうんざりさせ、読んでいるこちらも、こういう人間の業は今も昔も変わらないなあと重い心になる。けれどもこの松吉の存在が、この物語の奥行きをより深いものにしている。

 

作品の中の猫がただ可愛いばかりでないことからも、国芳の猫の愛し方が分かる気がするが、この物語での国芳と猫のかかわり方も非常に心地よい。そして、読んでいると、話に登場する国芳や広重の作品を改めて鑑賞し直したい気分になる。

 

国芳の有名な作品に、実在した人物や実際の事件を絡めて、怪談ありミステリーあり、かつじんわりと胸を打つ人情ありで、余韻の残る良質な読書となった。

 

 

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