よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

木もと竹うら

木元竹末、これで「きもとたけうら」。70年近くも生きてきて、恥ずかしながらこの言葉を今日初めて知った。木を割るとき根元に近い方から、竹を裂くのなら反対に先端に近い方からすると、きれいに割れる、ということを表した言葉だそうだ。

 

今日の国際協力コスモス会のテーマは「戦争体験談を聞く」だった。今週も前回と同じ顔ぶれ、日本人ばかり5人。日本語教室といいコスモス会といい、なぜかこのところ外国の方の参加が激減している。

 

SNSなどで簡単に同胞とつながることのできる時代、この会の存在意義も、設立当初に比べれば小さくなっているかもしれない。でも疑問や不安はSNSで解決できても、異文化の者同士が実際に顔を合わせて交流する価値は、今も変わらないに違いない。

 

さて今日のテーマ。豊橋空襲の体験者であるメンバーのOさんのお話。ユネスコの戦争を語り継ぐ出前授業の語り部もなさっているので、以前ユネスコのメンバーとして一緒に出前授業をしていた時に、私も何回か体験談をお聞きしている。

 

でも、今日はその豊橋空襲や戦後の食糧不足などの話ではなく、Oさんが子供の頃、日常的にしていた家庭の仕事の話が中心だった。戦争末期、一番の働き手であるお父さんが召集された後は、それでも男手があった時と同じ割り当て分だけ生産物を供出しなければならず、お母さんを助けるためにさらに働き手として重要さは増したのだそうだ。

 

今80歳のOさんゆえ、当時は小学校低学年になるかどうか。それでも薪を割ったりもしたという話から、この「木もと竹うら」という言葉が出てきた。そんな幼い子供でも、ちゃんとこの言葉を知って作業をしていたそうだ。

 

遊びに行く前に決められただけの縄をなってしまわないといけないので、早く遊ぶためには仕事を早く片付けなくてはならない。そこで真剣に考え頭を巡らせ、知恵が生まれたと思う。6つや7つの子供でも、日々真剣勝負で、思考停止でボーッと生きていることなどできなかったろう。

 

今朝のニュースのなかで、近ごろの親が子供を叱らないということを取り上げていた。そのため仕方なく子連れの入店を断っているレストランもあるということだった。なんと母親の8割近くが、子供と友達のような親でありたいという調査結果も紹介された。

 

豊かな時代の子育てには、案外難しさがあると思う。しかも各家庭は孤立し、先輩や経験者も身近にいない場合が多い。情報はあふれかえっているが、どれが重要なのかも分からない。貧しかった昔は、ない袖は振れず子供も諦めるしかなかったことも、今は出そうと思えば簡単に出せるお金を出さないで、言い聞かそうとすれば時間と根気と強い信念が必要だ。

 

可愛いからこそ、叱ることも厳しいしつけも時には必要ねという結論に至ったが、家事労働を軽減する家電もなく、子供の目にも親の大変さがよく見えていた時代と違って、子供を納得させる材料は乏しい。

 

第四次産業革命といわれる社会の激変期を迎えているが、生物としての人間はクロマニョン人のころとそんなに劇的に変わっているわけでもない。どんどん進化していく機会やテクノロジーとのはざまで、生き方とか親子の関係とか社会での働き方とか、まだまだ当分、のたうち回って苦しむ期間が続くのかも知れない。

 

 

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またまた多肉植物の赤ちゃんが! 去年の今頃、ポロリと落ちてしまった葉っぱをなんだか捨てがたくて土に挿しておいたら、赤ちゃんが顔を出した。この写真の右の花のような形になっているのはその時の赤ちゃんが育った(といってもまだ直径1センチほどだが)もので、今回は左側の葉っぱから赤ちゃんが顔を出した!1ミリほど。なんと葉っぱを挿してからちょうど1年ほどが経過している。多肉植物の生まれるサイクルがこんなに長いものだったなんて驚き・・・。

以前の赤ちゃん誕生時のエントリ

 

yonnbaba.hatenablog.com