よんばば つれづれ

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宮部さんらしさを満喫『希望荘』宮部みゆき著

このところ私の好みとは少々違う作品に当たって、肩すかしの感を受けていた宮部みゆきさんだったが、今回の『希望荘』は満足のいくものだった。

 

小泉孝太郎さん主演でドラマ化された杉村三郎シリーズの第四弾の作品で、杉村の経歴や過去に扱ってきた事件などがところどころに出てはくるが、これから読み始めても問題はないと思う。

 

「聖域」「希望荘」「砂男」「二重身(ドッペルゲンガー)」の4つの短篇からなる。どれも読後に深い余韻を残すけれども、なかでも私は表題作の「希望荘」と「二重身」に惹かれた。

 

「希望荘」は両親の離婚によって長いこと別れて暮らした父親を年取ってから引き取り、テレビや雑誌で紹介される人気レストランを夫婦で経営しながら、その父親を看取った息子が杉村の依頼人だ。調査内容は、亡くなる少し前に父親が周囲の人に、過去に人を殺めたことがあるような話をしていたのだが、それが本当かどうかを調べてほしいというもの。

 

杉村が問題の35年前の事件を調べていく中で、依頼人が知らなかった別れていた頃の父親の人生や、依頼人の高校生の息子と父親(その子からすると祖父)との関係などが浮かび上がってくる。そして杉村がつきとめる意外な真実・・・。

 

宮部さんの描く、市井の片隅でけなげに生きる庶民の像は実に魅力的だ。そして少年の描き方も相変わらずうまい。運に恵まれない人生でも、懸命にまっすぐ生きようとする人と、ふと魔が差し道を踏み外してしまう人。被害者も、その遺族も、そして道を踏み外してしまった加害者までも、みな悲しくて、心が震える。

 

「二重身」は「希望荘」で登場した高校生の少年に教えられて杉村を頼ってくる少女(この少女の描写もうまいと思う)が依頼人。杉村は未成年者の依頼は受けられないと言いながら、放っておけなくて関わってしまう。

 

彼女の母が交際している人が、東北に商品を買い付けに行ったきり行方不明だという。出かけたのは、ちょうど東日本大震災が起きる直前だった。

 

この本の出版が2016年なので、この時点ですでに震災から5年が経過し、世の中ではすでにあの大災害の風化がかなり進んでいたことと思う。さらに2年たった今、私もこの作品を読んでいて、そうそう、そういえばこんなだった・・・と思いだすことが多かった。東京でも大変な揺れだった様子や、電力不足や品物の不足。原発の影響が及ぶのではないかとの不安。これで世の中は大きく変わってしまうだろうと、多くの人が思ったのではないか。

 

けれども忘れっぽい日本国民は、いまや直接の被災者でもなければ、ほとんど震災前と地続きの生活をしてしまっているように思う。常々忘れてはいけないと思いながら、私自身、この物語を読んでいて時間的な隔たりを強く感じてしまった。

 

震災直後には多くの方がそれをテーマに作品を出版したが、震災から5年(執筆時は4年ちょっとくらいか)という時点に、この時期を舞台にして、震災を重要な要素に使いながら見事なミステリーに仕立て、短篇ながら読後に深い余韻を残す作品を紡いだ宮部さんに大いなる敬意と感謝をささげたい。

 

 

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