よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

リーマンショックから10年

今朝のニュースで「リーマンショックから10年」と言っていた。へえ、まだそんなものなんだ・・・という気がした。

 

当時私が勤めていた会社も、それまでの順調な営業数字が、リーマンショック後はさすがに大きくマイナスに転じた。それで、経費削減で乗り切るため正社員は給与カットするということになり、その方法について、全員忌憚のない意見を出すように社長から言われた。ほとんどの人は「御意に従います」という内容のものだったようだが、私は忌憚のない意見を書き、それは社長の思惑とは違うものだった。

 

それまで感じられていた社長からの信頼は雲散霧消、(以前にも書いたことがあるが)その日から私はパワハラの嵐に見舞われた。もう少し若ければすぐにも辞表を叩きつけていただろうが、さすがにあと数年で60歳という年齢では次の職場はないと思ったので耐えた。なにか自営業はできないかとまで考えたが、資金も特技も才能もなく、諦めざるを得なかった。

 

そうしているうち、第一次定年を過ぎたので給与が3割減給になることになり、仕事の内容は量も責任の重さも変わりないのに新人と大差ない報酬になってしまい、そのうえパワハラまで受けるのでは合わないと思い、ええい、なんとかなるだろうと、退職することを決心した。

 

第二次定年の65歳まではもちろん、そのあとも適当な働き場所があれば、働ける間は働いている方が若さや健康のためにもいいだろうと考えていたのに、思いがけなく61歳で毎日が日曜日の生活を始めることになった。

 

いざやってみればこれが快適で、地域の役目やボランティア活動、自分の勉強やら読書と、退屈する暇もない。安保法の2015年からは市民活動も加わって、いろいろ新しい経験をし、新しい人間関係も広がった。

 

今朝のニュースを聞いてまだそんなものかと感じたのは、今の私にとって、忙しく会社勤めをしていた日々は、もう遠い昔のように感じているからだ。ということは、今の生活は心が動くことが多く、時間を長く感じている(これは「チコちゃん」情報)ということだろうか。

 

ただ、現在は身体的な制約のため、少々変化や感動の少なめな生活になっている。しっかり体のメンテナンスをして、また心を動かす日々を送りたい。

 

 

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まさか、60過ぎてハロウィンの仮装をすることになるなんて・・・。(2016年の活動)