よんばば つれづれ

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何層もの入れ子構造の『後巷説百物語』京極夏彦著

地区市民館の書棚で見つけ、猛暑地獄を少しは涼しくしてくれるのではないかと借りてみた。

 

六つの話が収録されているのだけれど、非常に凝った作りになっていて、五重の入れ子構造のようになっている。最初の1ページには、江戸時代に刊行された奇談集『繪本百物語』の挿絵と文章が掲載されている。その物語を著者が書き直した文章が続き、次に舞台はこの作品の現在に当たる明治10年になり、そこで現実に起きた不可解な事件を、元南町奉行所見習い同心、現東京警視庁一等巡査の矢作剣之進が3人の友人たちに語り、彼らの意見や推理を聞く話になる。結局彼らの手にはあまり、かつて諸国の怪異譚を収集して歩いていたという薬研堀の一白翁と呼ばれる物知りの老人山岡百介の元を訪ね、翁の語る話を聞く。

 

かつても起きていた信じがたいような奇談を、現にその時・その場所に居合わせた人からつぶさに聞いたり、ときには翁自身が現場に居合わせたりした話を聞き、剣之進ら4人の若者は、この世には理のみで割り切れぬことが起こりうるのだと、翁の話に感心して帰るのだが・・・。このあと翁と暮らす若く美しい娘の鋭いつっこみに、隠しきれず翁が種明かしの話をする、という構造だ。

 

まず、時代や人物の設定が絶妙だ。絶対と思っていた幕府が倒れ、文明開化の嵐が吹き荒れて西洋の科学や理論がありがたがられる明治初期。4人の若者のうち、一人は前出の巡査、一人は徳川方の重臣だった父を持つ、西洋かぶれで洋装し科学や理屈を振り回す高等遊民。いま一人は小藩の江戸詰め藩士から貿易会社勤めとなり、もう一人は髷こそ落としたものの、いまだ武士の魂が抜けない警察の剣術指南役である。

 

この世に科学で説明のつかない不可思議などあり得ぬと思いながら、物知りの一白翁の話を聞けば、怪異の世界にからめとられてみたり・・・。明治の若者たちとともに読者も翻弄される。最後はきちんと決着がつくので、期待と違って怪談話で背筋がゾッと・・・ということにはならなかったが、つくづく恐ろしいのは生身の人間だということを改めて思わずにはいられない。

 

 

読んだ後で知ったのだが、この作品は『巷説百物語』『続巷説百物語』に次ぐシリーズ第三巻らしい。そしてこのあとさらに『前巷説百物語』『西巷説百物語』と刊行されている。まったく前知識なしに読んだけれど、なんら問題なく楽しむことができた。機会があれば、他の作品も読んでみようと思う。

 

 

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