よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

病院に取り込まれる

3時半過ぎ、老人会のメンバーのYさんから、どうにも体調が悪くて市民病院の救急外来に行くから付き添ってほしいと電話が来た。すぐ戸締りをしてYさん宅へ。昨日も、先月亡くしたご主人の遺族年金受給の書類の書き方が、少し分からないからと頼まれて伺ったばかりだ。その時もちょっと体調不良だとは言っていた。

 

タクシーで市民病院に行き、1時間ほどの待ち時間ののちにYさんの名が呼ばれて、診察室に入っていった。待合室の椅子に座って待つうち、気のせいか私までちょっと具合が悪くなりそうだった。大きな病院に行くとどうしてもかなりの時間がかかる。あの独特の雰囲気の中にいると、何でもない時でも、なんだか自分まで病人になってしまう気分にとらわれることがしばしばだ。

 

安倍公房の作品に、救急車で運ばれた妻を探して病院に行った男が、知らないうちにその病院に取り込まれて出られなくなる話があったが、どうも私にとって大きな病院にはそういう恐ろしいイメージがある。病院から、兄も、父も、生きて戻らなかったことも影響しているのだろうか。

 

つい先日も、知り合いがそれほど難しいものではなかったはずの手術で命を落とした。きっとその手術を受けなければ、少々苦しかったかもしれないけれど、それでも、まだまだ生きられただろう。家族ともちゃんとお別れができたのではないだろうかと思う。

 

だから、私は、健康診断で病気を見つけてほしくないのだ。知らぬが仏でいたい。我儘かもしれないが、我慢できない痛みだけ、コントロールしてもらいたい。

 

結局Yさんに異常は見つからず、心身の疲れから来るものでしょうとのことだったそうだ。深刻な病気でなかったのは良いことだけれど、苦しいから受診しているのに、病気未満で何の処置もしてもらえないというのは、これはこれでつらいものがある。長年介護してきたご主人を先月無くされたので、気落ちに疲れが重なったのかも知れない。

 

Yさんを家に送り、「元気な人でも参ってしまうこの暑さ、しっかり食べて、しっかり眠る。どうしても買い物が必要だったら私が行くから、しばらく最低限のことだけしてのんびり体を休めて」と声を掛けて別れた。

 

 

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の~んびり、ゴロゴロなら任せて!(在りし日のドリーム、おなかから放熱中・・・)