まだ纏足が女性の美しさの要素であった時代の中国の話。妓女と呼ばれた職業女性のなかでも、日本の花魁にあたるようなかなり上層部の女性たちの物語を集めた短篇集だ。
標題になっている「朱唇」と、「背信」「牙娘」「玉面」「歩歩金蓮」「断腸」「名手」の七篇からなる。どのヒロインもそれぞれに魅力的だが、私は「背信」と「歩歩金蓮」が特に心に残った。
「背信」は、思いをささげた相手の男が清廉高潔の士で、ただ一度で良いとの妓女の願いもむなしく抱いてもらえず、女は男を謀反のたくらみありと密告する。男に嘘だと罵り憎んでほしかったのに、彼はなんら恨みの言葉も口にせず処刑されてしまう。残りの人生を、落ちぶれ自堕落な日々を送ることで自分を罰している女。男は自分の政治的な立場に彼女を巻き込まないために、あえてつれなくしたのだった。どこまでも悲しいまでにすれ違う男と女のあわれが、深く心に残る。
「歩歩金蓮」。一流中の一流である金線巷の妓楼きっての妓女に、特別な客が現れる。名前も身分も偽るその男は、実は時の宋の皇帝だった。皇帝は妓女に夢中になり、ついには自分の後宮に入るよう望むのだが、女はそれをきっぱりと拒む。
やがて政変によって男は囚われの身となり、はるか北方に連行されることになる。永遠にも思える距離を、極寒のなか食べ物も満足に与えられず歩かされる男。いよいよ歩き続けるのは困難と思っているところへ、「水をお召し上がりになりませんか」と近づく女がいた。それはうまく逃れて無事に暮らしているだろうと思っていた、かつて皇帝である自分を袖にした妓女だった・・・。
男が権力の絶頂にあるときにはそっけなく振っておきながら、絶望の淵にあるとき、自ら進んで寄り添い苦労を共にしようとする女。なんという格好良さ。
全編美しい女たちが主人公なのだけれど、美しさや女であることに寄りかからず、運命に翻弄されながらも自分らしさをつらぬく凛々しい女たちの物語で、哀切な結末が多いのだけれど読後は気持ち良かった。
装丁も非常に美しい。現物は色がもっと渋くて素敵。
こちらは文庫版の装丁。