よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

聾学校からの太鼓の音と今あるもの

聾学校わきの道路を歩いていると、太鼓を練習する音が聞こえてきた。聾学校なのだから、当然聴覚に障害のある子供たちが叩いているのだろうと思うと、昨日地域の中学校の体育祭で聞いた、和太鼓部の演奏から受けたのとはまた違った感銘を受けた。

 

以前テレビで聴覚障害の方たちのダンスを見た。太鼓はまだしも空気を震わすものが感じられそうな気がするが、通常の音源の音楽を聴いてダンスをするのはさぞ大変だろうと思った。それでも10人以上だったと思うメンバーが、一糸乱れず見事なダンスを披露していた。

 

帰宅してから調べると、聾学校の和太鼓は小学部の子供たちが挑戦しているらしい。『県立豊橋聾学校小学部の生徒18人は、週に1時間の授業で和太鼓の演奏を学び、「豊ろう少年太鼓」として同市内のイベントなどで演奏を披露している。』という何年か前の地元紙の記事も見つかった。教える方も教えられる子供たちも、たいへんな苦労があることだろうと思う。

 

私も30歳ころから始まった左耳の不調が進み、近ごろは左隣の人の話の聞き取りはかなり不自由する。居酒屋のようなあちこちで声がしている場所では、向かい合っている状態でも難儀するようになった。広い場所で呼びかけられた時、声の方向もつかみにくい。でも、まだまだ大した不自由ではない。

 

人は愚かなもので、失って初めてそれがあったときの幸せを知る。若さも、朝起きた時にどこも痛くない体も、当たり前のように思っていた。家族と暮らす日々にも、あっけないほど早く終わりが来て、一緒にいられた時間の愛おしさを思い知る。

 

今は息子たちも母も猫たちもいなくなり、どこも痛くない体ももう戻らないかもしれないけれど、まだまだあちこちから必要としていただき、出不精ながら引きこもってばかりにならず、あれやこれやと出かける用事がある。ありがたいことだと思う。

 

失ったものを嘆くのでなく、今あるものへの感謝を忘れず、今できることをせいぜい楽しんで暮らしたい。

 

チャコールグレー企業で働く次男はなかなか電話もままならないようで、ゆうべ「母の日にかけられなかったから」と電話をくれた。私がブログに書いた「モヤモヤ」を案じてくれたようだ。

 

でもそのモヤモヤは、深刻な問題がないからこその幸せなモヤモヤだ。ごく個人的なことで大変だったら、政治のことなど憂いていられないだろう。思うようにならないことや、困難なことがあるからこそ、たまにあるちょっとした良いことがいっそう輝くんだよね・・・なんて話を小一時間もした。母になれたこと、心配してくれる息子がいることも、実にありがたいことだと思う。

 

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これは5月16日の写真で、今日はもうしおれてしまっているが、20年ほど前にもらった水栽培のアマリリスを終わったあと地植えしたもの。赤は毎年咲くが、白は何年かに一度しか咲かない。花も咲かない時に嘆くのでなく、咲いた時にせいぜい愛でたい。綺麗に咲いてくれて、ありがとう!