よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

潔い若さが煌めく『ウエストサイドソウル』花村萬月著

主人公は不登校の十七歳、火田光一(ピカイチ)。赤ん坊の彼をおいて、母親は博打中毒の夫に愛想をつかし出て行ってしまった。以来、ピカイチは「大将」と呼ぶ父親と二人暮らしだ。

 

なぜ大将かと言えば、妻に出ていかれて改心した父が、才能が認められつつあった絵画の道を捨てて和食の料理人になり、京料理と酒の店〈御蔭〉を経営しているからだ。客たちが父に対して言う「大将」を、ピカイチは小さなころから自分でも父への呼称にしている。

 

自分自身がひどい挫折を経験しているからか、大将はピカイチに非常に寛大で、彼は自由な日々を送っているが、目的も夢中になるものもなく、自分は透明人間のようだと感じている。

 

そんなピカイチが偶然古本屋で一冊の詩集に出合い、日向という自分のクラスの美しい優等生と出会うことによって、激しく変わっていく物語だ。

 

登場人物は、ほとんど何らかの点で非常に恵まれている人たちだ。経済面や頭脳や芸術的才能など。けれどもどの人物も嫌味を感じさせないのは、みなどこかに静かな悲しみのようなものを抱えているからだろうか。主人公がのめりこんでいく音楽がブルースなのだが、登場人物の心の奥底にも、ブルースが流れているような感じがする。

 

ピカイチと日向はたがいに強く惹かれ合い、求め合う。セックス描写もかなりあるのだけれど、なぜか神々しいほどの雰囲気だ。

 

ピカイチのなかにある天才的な音楽の才能を見出すのは、日向の兄幸多だ。彼の適切な指導もあって、ピカイチはぐんぐんその能力を開花させていく。また、もともと芸術家の父親が、音楽にのめりこみすぎて危険な淵にまで行きかけている息子にいちはやく気づくなど、周囲には彼に対する温かな愛があふれている。

 

自分では少しも自分の才能など分からず、どこまでも謙虚で素直で、これと思う事にはとことん集中するが、それ以外のことにはあっけないほど淡白な主人公ピカイチは、周囲の人をひきつけずにはいないのだが、読み手にとっても彼の魅力こそがこの作品の「ピカイチ」の魅力だ。

 

ギターをはじめとする楽器のテクニックや、ブルースを中心にジャズやクラシックなど、音楽に関する描写もかなりのボリュームを占め、これらの素養があればさらに興味深く読めるかもしれない。

 

ピカイチと日向が夏休みに旅行する沖縄を描いた部分はロードムービーのようで、沖縄の置かれている状況にもそれとなく触れていて、この部分だけでも独立した物語になりそうな魅力を備えている。

 

 

花村萬月さん、なんとなく抱いていたイメージを見事に打ち砕いてくれた。

 

 

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