よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

をみなごに花びら流れ

我が家から徒歩15分ほどの緑地公園に、桜を見に出かけた。戦争中戦闘機の燃料用にと松根油を採ったため、今も松の幹に大きな傷痕が残っていることを以前紹介した、あの公園だ。

松根油(しょうこんゆ)哀話 - よんばば つれづれ

 

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戦争から72年の公園の春爛漫の風景は平和そのもの。いつまでもこののどかさが続いてほしい。

 

そして、ここに来て、この桜の景色を眺めると、どうしても2011年の桜のころを思い出す。ちょうど息子一家が来ていて、みんなでここに散歩に来たのだ。自分や周囲のあまりに幸せな風景に、思わず心が痛んだ。そしてそのことを当時担当していた会社のブログに書いた。(以下はその時のブログ内容)

 

2011.4.11

辛い思い悲しい思いをしている方々のために、
せめて一日も早く暖かい春が来てくれたらと思うのに、
今年は春が来ないのだろうかと思えるほど、
いつまでも寒い日が戻ってきていました。

でもいつの間にか、ちょっと前まで固い蕾ばかりだった桜もちゃんと満開を迎えました。


昨日の日曜日、家族と高師緑地公園に散歩に出掛けました。
公園の中にある池にかかる橋の上に立って目を上げると、
青い空を背景に満開の桜並木。
その手前の緑の草に覆われた土手には犬を遊ばせる人がいて、
そのそばで小さな女の子がシャボン玉を飛ばしています。
白い猫を抱いてそぞろ歩いているおばさんがいます。
私が立っている橋の上では小さな男の子たちがザリガニ釣りに興じています。
土手の女の子が飛ばしたシャボン玉が、フワフワと池の上をただよっていきます。

のどかなのどかな日曜日。
なんて幸せな光景だろうと、ふと涙がこぼれそうになりました。
被災された方々にもこんなのどかな休日を楽しめる日が早く戻りますように。


あはれ花びら流れ
をみなごに花びら流れ・・・

 

 

そう、桜の花びらがしきりに散り落ちるさまを見ると、この三好達治の詩もどうしても思い出してしまうものの一つだ。この時も最後に記しているが、今日も舞い落ちる花びらを受けて歩きながら、この詩を口ずさんでいた。

 

震災からたった一か月なのに、このあたりはこんなにも、申し訳ないようなのどかな日々があった。被災地は、とりわけ原発の影響を受けている被災地では、いまもご苦労の多い生活を余儀なくされていることだろうし、突然命を奪われた方々は何年たとうと決して戻ることはない。私も、何年たとうと、桜を見るたびこの時の心境を思い出すことだろう。

 

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柔らかな日差しのもと、アジア系と思われる若い女の子たちが、日本の桜を楽しんでいた。裏ボアの冬のコートを着ている子もいれば、ノースリーブのミニワンピースの子もいて、明るく語らいながら写真を撮り合っていた。