よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

リフォームひと通り終了

去年の秋の浴室の塗り替えに始まった(いやもっと遡れば、おととしの襖の張り替えとシャワートイレの交換が始まりだ)リフォーム、先月キッチンの壁と天井の塗り替え、床の張り直しをして、今日建具屋さんが来て、頼んでいたキッチンのドアと客間のドアを交換してくれて、とりあえずのリフォームがひと区切りついた。

 

多少不満の残るところもないわけではないが、それでも随分気持ちよくなった。こんなことなら子供たちが暮らしていた頃にこうしたかったと思うけれど、その頃は賃貸物件でリフォームなどということは考えもしなかったし、そもそもそんな経済的余裕もなかったのだから致し方ない。

 

これで、私が一人でここで暮らす間はなんとか持つだろうか。あるいは、今回は何もしなかった居間に、もうしばらくしたら手を入れる必要が出てくるかもしれない。

 

先日見たウィリアム・モリスの美しい邸宅などを思うと、我が家などまさに「ウサギ小屋」にすぎないけれど、今の私には地球上で一番くつろげる場所だ。出かけることより家にいるほうが好きな私は、このささやかな自分の空間を、せいぜい居心地よく整えて、コーヒーを飲みながら本を読んだり、好きなドラマを観たりしていれば、十分幸せだ。

 

あとは社会のもろもろの問題が解決されれば、どんなに心が安らかになることかと思うが、こればかりはちっぽけな私の力ではいかんともしがたい。

 

philo1985さんがこのところずっと「デスノート」について書いていらっしゃる。公共善の促進のために悪をなすものを「デスノート」に書いて抹殺していく。そうして悪人のいない理想郷を求める。この私利私欲のためでなく公共善のために「デスノート」を使用することに賛成するかと問う。

 

そんなふうにして、世に悪をなすものをバッサバッサと始末していけたらどんなにスッキリすることかと思う。思うけれども、それはやはりだめだ。面倒でも、時間がかかっても、やはり合法的で民主的な手段でより良い世界に近づいていかなければならない。

 

そして、人間である限り、完全なる理想郷、悪をなすものが全くいない世界には永遠にたどり着けないだろうが、今よりは少しマシな世界にするために、自分にできる努力を続ける。それは結局誰のためでもなく、自分の心が少しでも安らぐためだ。

 

 

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洗面所は自分でリフォーム。既設のミラーキャビネットがくたびれたのではずし、通販で購入した丸いミラーを取り付け、ウオールシールで水族館風に遊んでみた。飽きたらまた簡単に模様替えできる。