よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

部分的には痛快『爺爺ライダー』薄井ゆうじ著

タイトルと表紙の雰囲気で、ゆるくて楽しい物語だとばかり思っていたら、思い切り肩すかしだった。

 

光(コウ)ちゃんは、ずっと欲しいと思っていた黄色いオフロードバイクを手に入れ、バイク屋の店長に見送られて、両親のいる奥多摩に寄ってから富山に向かうツーリングに出発する。

 

場面は変わって、霧の山道。黄色いオフロードバイクが転倒している。小柄なそのライダーはバイクを起こせずにいる。ビッグスクーターで通りがかったジュンは手伝ってやる。ありがとうとヘルメットをとったライダーは老人だった。ジュンのほうもヘルメットを脱ぐと、長い髪がはらりと風になびく少女で、今度は老人のほうが驚く。

 

こうして老人光一郎と少女ジュンの物語が始まる。光一郎は入居費が一億とか二億とかいう高級老人施設「アルカディア奥多摩」に入居するために向かっている。ジュンはそこに住む親戚を訪ねるところだといい、二人は一緒にその施設に向かう。

 

着いてみると老人の夢の終の棲家のはずの「アルカディア奥多摩」は、経営が傾いて建物は荒れ果て、住人もほかに移れない事情を抱えた者だけが、不便な中でかろうじて暮らしていた。

 

やがてアルカディア奥多摩は完全に経営破綻し、老人たちは退去を迫られる。入居金は払い戻されるとしてもずっと先、へたをすると戻ってこないというのでは、老人たちは行く当てすらない。やがて立ち退かせるために電気や水道も止められ、ついには火災が起こって老人たちは焼け出されてしまう。

 

入居したとたんこの騒動に巻き込まれた光一郎は、「私はグレてやります。不良になることにします」と宣言する。この辺りからの展開が痛快だ。

 

施設を取り壊すために来ていたユンボを強奪し、バイクがあって乗れる者はそれに乗り、電動車椅子使用者も続き、何も移動手段を持たないものは、以前施設で使っていたというマイクロバス(故障していたのを光一郎が修理)に乗って、老人の一団が公道を超低速で走り出す。

 

施設を強制的に終われた老人たちの抗議行動としてマスコミが取り上げ、上空には取材のヘリコプターが飛び、警察やマスコミの車両が後を追い、大変な騒ぎになる。

 

警察の警告も無視して一般車両の大渋滞を従え、夜には道の駅で焚火をして野宿する。仲間になりたくてはるばる遠方からやって来る者もいて、集団はだんだん大きくさえなっていく・・・。

 

この方向で書き進めたら、面白い物語になったのではないかと思うのだけれど、実はこの物語はつねにパラレルワールドのような、もう一つの状況がつづられ続ける。ここが好悪の分かれるところかもしれない。

 

これから読もうという方がいれば興味を削いでしまいかねないので、これ以上は控えることにするが、世の中には、善意でしたことが思いがけなく悲劇的な結果を生むことがある。害意がなかったとしても、そうした人は自分の引き起こしたことに苦しむ。そうした深い苦しみからの救済や、ちょっとしたことから行き違い、世の中に心を閉ざした青年の、奇跡的な愛と再生などをこの物語は描いている。

 

それはそれで感動的でもあるのだけれど、やはり高齢者の側の私は、人生を地道に従順に生きてきた老人たちの、「グレた」老後の話をもっと読みたかった気がする。それは高齢の読者が、自分の好きなように創作すればよいというところか。

 

 

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今年の冬は厳しかったけれど、土の中の春は意外に進んでいるのか、例年3月に入ってからのティータティータが、少し前から咲いている。あちこちの花だよりも、幾分早めのような気がする。

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窓からのぞいた時には、心ない人が花を手折って捨てたのかしらと思ったが、外に出て近くで見たら、株別れした赤ちゃん球根が3センチほどの身の丈でいっちょまえの花を咲かせていたのだった!なんとけなげで愛しいこと。