よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

伊集院静著『浅草のおんな』はちょっと苦手なタイプ

美しい本だ。書名とみごとな調和を感じさせ、読んでみたくなった。

 

幼馴染との若い日の恋に破れたヒロイン志万は、身ごもったまま浅草で男に救われ、妾となって幸せな日々を送る。そのままでも十分満たされていたのだが、無理を言って小料理屋「志万田」を持たせてもらう。男が亡くなったあとは、その店をすることが志万の支えとなる。

 

これは、ヒロインとその「志万田」にやってくる客たちとをめぐる物語だ。全編に下町情緒があふれ、おとこ気とおんなの艶がからむ。十年ほど前の作品なので、現在も浅草あたりには、まだこんなにも濃厚に下町情緒が息づいているのだろうか。この物語に登場するようないなせな男や艶な女が棲息しているのだろうか。田舎者の私にはいくぶん信じがたいような気がするのだけれど。

 

花火大会や三社祭隅田川やそこにかかる橋の風情などは、浅草がよく分らない者が読んでいてもとても楽しい。「志万田」で供される料理もどれも美味しそうだし、こんな店で飲んでみたいと思わせる。

 

下町のこまやかな描写も良いし、ヒロインの志万を救った男留次の、口数は少ないが思いやりにあふれた男ぶりも魅力的なのだが、私には一人になってからの志万をめぐる男たちの思いが少々うるさく感じたし、思いがけない相手に傾いてしまう彼女の心情も、私には理解不能のものだった。

 

ヒロインの恋愛要素をもう少し控えめにしたら良い作品になったのにと思うのは、私ががさつなせいだろうか。ふとしたことで衝撃を受けて熱っぽくなったり動揺したりする繊細さを見せるヒロインが、とんでもないところで意外な大胆さを見せて驚かされる。志万は男(あるいは著者)から見た「いい女」なのかもしれないが、私にはちょっと苦手なタイプで、そこが少し残念だった。

 

 

冬季オリンピックが始まってテレビはますます騒々しく、きちんと伝えられなければいけないことが少しも伝わってこない気がする。なんだか知らないうちに、どんどんとんでもない方向に流されていくようで不安だ。

 

 

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