よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

贈れること贈られることに感謝!

今夜はクリスマス・イブ。クリスマスと言えばいろいろな絵本や童話が浮かぶけれど、やはり真っ先にイメージするのは『マッチ売りの少女』だ。お話の当日は大晦日だったと思うが、たしか、マッチを擦った少女が見たのが、暖かで幸せそうなクリスマスの家庭のシーン。

 

子供たちが小さかったころ、クリスマスのプレゼントを渡すときにいつも言うことがあった。世界中にはこんなクリスマスプレゼントどころじゃない子たちがたくさんいること。普段は忘れてしまっているとしても、せめてクリスマスには、そういう子たちのことを考える日にしてねということだ。

 

今朝の東京(中日)新聞のコラムは、星新一さんの『ある夜の物語』というクリスマス・イブを扱った作品を引いて、「きらびやかな聖夜が苦手という人は少なくない。孤独を感じる人もいる。けれど、いつもより人に優しくなれて誰かのことを思いやることができる日だとすれば、その日はまんざら悪くない。」と結んでいる。同感だ。

 

望んだものと違ったとしても、プレゼントがもらえる子供たちは幸せだ。そしてまた、愛する人にプレゼントを贈ることのできる人も幸せだ。

 

去年はドイツのクリスマスマーケットでテロ事件が起きた。今年も、アメリカでクリスマスを狙ってテロを計画していた人物がいたようだ。優しい気持ちになれるはずの日に、恐ろしいことを起こそうとしてしまう人は、きっとひどく寂しい人だろう。

 

周囲の人たちが家族や友人とにぎやかに過ごすときほど、孤独な人は寂しさを募らせる。世界中の人に愛し愛される人がいて、ささやかでも贈り物をしあったり、一緒に温かいものを食べたりできれば、きっとテロなんて起きない・・・などと考えるのは、センチメンタルに過ぎるだろうか。

 

かの国の大統領も、某国の首相も、きっと豪華なプレゼントをやりとりすることだろう。してみると、やはり、たんに贈り贈られることだけの問題でもない?あの人たちも実は、寂しい人なのだろうか?

 

 

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この年になってもプレゼントが届く幸せに感謝。

 

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毎年届く青森の友人たちからの贈り物も。リンゴにお米に、こちらでは珍しい袋とうふや、大きなあぶらあげ。どちらも津軽では定番品。