よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

小学校の学習発表会で子供たちに感動

今日は地区の小学校の学習発表会だった。民生委員としてご招待をいただいたので参加した。

 

あいにくの肌寒い雨模様。8時40分開始の、10分前に会場の体育館に着くと、来賓席のパイプ椅子には一つずつ即席カイロが置いてあった。でも天候が災いしてか、その席は半分も埋まっていない。

 

朝一番の発表は音楽部の器楽合奏で、そのあとは各教室での発表になるため、私は申し訳ないがいったん帰宅した。

 

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天気も悪いうえ、いちおう最初に受付で出席のチェックは済ませたし、そのままあとは参加しないでおくこともできるが、いただいたプログラムの解説を見ると、最後の6年生の発表は、国語で学んだ命の大切さをもとに、この校区がもっと住みやすいところになるように、自分たちで考えた台本による、地域の大人たちに思いを伝える内容だと書かれている。

 

子供たちがそこまで真剣に取り組んだのなら、地域の大人として受け止めなければと思い、早めにお昼を済ませて再び体育館へ向かった。

 

12時半からとなっていたが、コンピューターがうまく動かない(本番に限ってこうなることはよくあることだが、先生方焦ったことでしょう)とのことで10分ほど遅れて始まった。

 

国語の教科書に出てきた3つほどの話をもとに、命の大切さや戦争・紛争の悲惨さに思いを巡らせ、思いやりと自らが行動を起こすことの大切さを訴えた。現在この小学校には7か国52人(全児童数412名)の外国人の児童がいるそうで、そのことから、言葉や習慣の違う異国に来て困っている人に思いやりを持ち、言葉をかけて力を貸し、お互いの理解を深めあって仲良くしようと呼びかけた。

 

最後は50余人全員で「世界が一つになるまで」という曲を合唱。どの子も体を揺らしながら一所懸命に歌っている。「かったるいや・・・」という感じに冷めているような子は見当たらない。この年ごろまでは、こうしてほとんどの子が、すなおに心から仲良く平和に暮らしたいと思って育つのだろうと感じた。

 

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11、2歳の子供たちが、あと何年かすると、世の中を斜めに見たり、まじめに努力することを放棄したり、人を欺いたり憎んだりすることを覚えるようになる。それはやはり大人の責任だろう。

 

私たち大人一人ひとりが、このまっすぐな子供たちに恥じない生き方をしているか。そのことを、それこそ今日この子たちが大人に訴えた、「思いやりを持って考え、自分が行動する勇気を持って」、常に考え、行っていかなければと教えられた。