よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

なんだかゾワゾワする物語『星の子』今村夏子著

寡聞にして、この本のことも著者も知らなかった。芥川賞候補だった作品らしい。三島由紀夫賞野間文芸新人賞を受賞している作家らしい。私はただ、市民館の新刊本のコーナーで目にし、装丁がきれいだったので借りてみた。

 

ミステリーではないので「ネタバレ」ということはないと思うけれど、これから読む予定で、内容を知りたくないという方にはこの先はお薦めしない。

 

 

主人公の少女ちひろは標準をうんと下回る体重で生まれて三か月近く保育器の中で過ごし、退院してからも体が弱くて非常に両親をてこずらせた。なかでも両親を最も苦しませた全身のひどい湿疹が、父親の会社の同僚の薦める「水」で嘘のように治まってしまったところから、ちひろの両親はその「水(信仰宗教)」に取り込まれていく・・・。

 

こうしてちひろの中学3年生までの生活が描かれる。両親は、手のかかるちひろを愚痴ひとつ言わず献身的に育てる人たちだ。悪意というものを知らないような人たちで、実に素直でまっすぐだ。それだけにいったん信じてしまうと、はたから見れば騙されているとしか見えない「水」を、どこまでも信じる。

 

この素直で良い人たちであるちひろの両親が、非常に私の心をザワザワさせる。薄気味悪い気がする。読んでいる間ずっと落ち着かない気分になるのだけれど、救いは主人公の少女ちひろが、健康的なことだ。両親に反発して家を出ていってしまう姉と違って、素直なちひろは両親の言うことに逆らわないが、かといってまるきり信仰に取り込まれるというのでもない。曇りのない目で、自分の運命と向かい合っている感じがする。

 

はたしてこの少女はどうなるのだろうと思って読んでいくと、肩透かしを食らうようなあっけない終わり方で読者は突き放される。親子の関係や家庭の在り方を考えさせられる。子供は親を選べず、しかも家庭の多大な影響を受けながら育つ。

 

物語の終盤で、愛する人を理解したくて集会に参加した、信者ではない男性の発した「ぼくの好きな人が信じているものが一体なんなのか知りたくて、今日ここにきました。……ぼくは、ぼくの好きな人が信じるものを、一緒に信じたいです」という言葉も、非常に重く心に響いた。人を愛するということの深さや難しさ、覚悟までを考えないわけにはいかない。

 

さらっと簡単に読めてしまうようで、読後には少々ざらついた気分が残る。装丁から受ける印象とはちょっと違う読書になりそうだ。

 

 

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