よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

ひと雨ごとに寒くなる頃

昨夜ブログを更新したあと、いささか後悔していた。

 

ヒトは立つことはおろか、ほとんど自分では何もできない状態で生まれてきて、長い年月をかけてさまざまな能力を獲得し、そして再びその能力を少しずつ(時によっては劇的に)失いながら生を終える生き物だ。

 

いくつになろうと美しいものに心を動かすのは悪いことではないけれど、自分が何に価値を見出し、何を求めていくかを見誤らないようにしないと、いたずらに苦しくなるばかりだ。

 

無垢で愛らしい女の子が、美しくたおやかな女性になり、たくましい母になる。こんなモデルは現代ではハラスメントとか差別とか言われかねないが、いくつになっても「カワイイ」あるいは「美しい」だけが価値であることは女性を自由にはしないように思う。

 

 

 

この間、近所の方から柿をいただき、「柿が赤くなれば医者が青くなるって言うくらい、体にいいんですよね」とありがたく受け取り、秋の味をしばらく楽しんだ。でも、この言葉の元々の意味は、たんに柿だけの栄養価を言っているのではなく、実りの秋には食べ物が豊富になり、元気になって医者にかかる必要がなくなるということらしい。

 

私が子供の頃、「そんなの迷信だよ」と口の中でつぶやきたくなる(実際に声には出さなかった。目上や年上の人への「返答返し」はもってのほかだった)ようなことを、年のいった人たちはよく口にした。

 

柿と同じように「一日一個のりんごは医者いらず」という言葉もあるし、

夜口笛を吹くと蛇が来る

火事を見るとあざのある子が生まれる

夜爪を切ると親の死に目に会えない

嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる

ご飯を残すと目がつぶれる

などといった全く科学的ではないけれど、教訓的な言葉はたくさんある。可愛げのない子供だった私はこれらを根拠のないこととあなどり、自分が子育てをするときには言わないようにしたのだけれど、今になるとどうだったのだろうと思わなくもない。少なくとも、おばあちゃんの立場になった時には、こういうことを言い聞かせる存在になるのも大切なことかもしれないと思うようになった。

 

若々しくおしゃれなじいちゃん、ばあちゃんもいいけれど、若い世代に非科学的だとか時代遅れだとか言われながらも、頑として先祖が積み重ねてきた知恵を伝承する、そういう年寄りになることも必要かな、などと近頃は考える。

 

何が正解かは簡単には分からない。ずっとあとになって結果が現象となって現れて初めて分かることも多い。ヘタの考えであっても、考え続けることはやめないでおこうと思う。

 

気付いたら、珍しく今週は一日も休まずブログを更新していた。やはり「物思う秋」なのだろうか。

 

 

 

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アタシちょっと、いえかなり、太り過ぎなので、魅力的なケーキを前に、「食べるべきか食べざるべきか・・・」としばし物思いにふけっています。      byドリーム