よんばば つれづれ

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日本で進むテロを潰す男たち 今野敏著『回帰』

近頃テレビドラマに出てくる警察組織は、内部の対立を強調したものが目について、こんなに互いに反目しあっていては、捕まえられるものも捕まえられないのではないかと心配になってしまうが、この小説はそのあたりのさじ加減が非常にうまい。刑事部と公安部が疑心暗鬼で腹を探り合いながらも、理性的な調整派の人物が両者を取り持ちながら、効果的に捜査を進めていく。

 

ある日、四谷のカトリック系の大学のそばで爆発事件があり、死者2名と重軽傷者が出る。事件前に付近で中東系の男の目撃情報もあり、どうやらテロ組織の犯行らしい。調べを進めるうち、今回の事件は予備段階で、近々もっと本格的なテロを計画しているらしいと分かってくる。

 

警視庁刑事部捜査一課の係長である樋口を中心に、彼の娘の海外バックパッカー旅行を許すかどうかという家庭問題を絡めながら物語は進む。刑事部の仲間の他、公安部の刑事や、問題を起こして警察をやめたあと海外を放浪し、急に日本に帰ってきた因幡という謎めいた男が絡んで、テロリストたちを追い詰めていく。

 

犯罪を憎んでともに捜査していながらも、刑事それぞれに違う被疑者の人権についての考え方。またチームで動く刑事部と、個人プレーの公安部という違いなのか、なかなか情報共有もうまくいかず、誰が真の見方で誰が敵なのかも不確かになってくる。冷静で人権派の樋口には好感が持て感情移入してしまうため、こういうところで結構ハラハラしてしまう。

 

現場で目撃されたという中東系の男に対しての、相棒の刑事の恫喝的な取り調べに樋口は反発を覚える。行き過ぎた長時間の拘束にも異議を唱えるが、テロ事案では人権など考えていられないと、公安部は歯牙にもかけない。公安部は国体の護持のためには人権は失われて当然だと主張する。

 

作品中に以下のような部分がある。

最近の若い世代は民主主義を信用していないように感じられる。あるいは、大して大切なものとは考えていないようだ。民主という言葉が左翼的だと言う声も聞かれる。

人々が民主主義を獲得するまでに、どれくらいの苦難があったか。それが失われたときに、民衆はどんな悲劇に直面するのか。

それを今、考える人が少なくなりつつあるような気がする。

 

この樋口の思いは、そのまま著者今野敏さんの思いだろう。今野さんは1955年生まれ。かろうじて、戦争中の話などを聞いて育ったであろう世代であり、学生運動の嵐の時代も記憶にあるだろう。「特高言論弾圧をしていたのは、つい七十年ほど前の話なのだ。いつその時代に逆戻りするか分からない。人々が気を許せば、すぐにその権利を奪おうとする。それが支配者というものだ」とも書いている。

 

この作品は今年2月に出版されている。おそらく安保関連法や共謀罪法などを意識し、現政権の憲法を無視した強権的な政治の仕方に非常な危機感を抱いて、この作品に思いを込めたのだと思う。とても読みやすいエンターテインメント作品に、さりげなく権力というものの怖ろしさを描いてくれているのが嬉しい。

 

 

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