よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

人生の幸運使い果たしたかも・・・福引一等!

くじ運の良い人というのは実際いるものだ。反対に、悪い人もいるもので、私はその悪い人、だった。人生六十云年、ずっと。

 

10月の第二週末は毎年わが団地のささやかな祭りで、形ばかりだけれど子供たちのために神輿を出し、福引や餅投げをする。引っ越してきた当初は、もう子供たちが地域とは縁のない高校生と大学生だったこともあって、ほとんど近所付き合いもなかった。祭りで福引の券が配布されても、集会所にそれを引きに行くのがなんだか照れくさい気がして、ずっと使わないまま捨てていた。

 

何年目かに組長が回ってきて初めてお祭りの手伝いをし、福引の券も使った。もちろん、くじ運のない私はビリだったけれど、商店街などのビリ(キャンディ1個とかポケットティッシュ1個)と違って、12個入りのトイレットぺーパーだったことに驚いた。それから集会所への垣根が低くなって、毎年福引だけは引きに行くようになったのだが、みごとにトイレットペーパーかティッシュペーパーばかりだった。

 

現実に一等だの二等だのを引き当てる幸運な人もいるんだなと、集会所の窓に張り出された当選者名を見て思っていたが、今日、今年もどうせダメだろうとしごくあっさりと手を突っ込んで無造作につかんだ三角くじを開くと「一等」と書かれていた。反射的に「ウソッ!」と思った。自分の目を疑った。ほっぺたをつねった。

 

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一等、商品券一万円分なり。雨の中だったので、ちょっとまだのしが濡れてます。

 

二十年近くも引き続けていればこんなこともあるのか。このところ地域にはご奉仕もしているので神様からのご褒美かしら?とも思うけれど、ずっとくじ運のない人生を歩んできた私は、こんな幸運を引き当ててしまって、なんだかこれで人生の運を使い果たしてしまったのかもしれないと、少々不安な気持ちになる。いや、一億の宝くじが当たったわけでもないのに、我ながら実に小さな話だ。