よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

姉が急性の脊髄炎で入院

私と同じく、お産の時しか入院というものをしたことのない姉が入院した。死ぬかと思ったというほどの背中や腰の痛みで、あちこち受診するも原因も病名もわからず、北里大学病院で先月MRIを受けた。

 

そろそろ結果も出ているはずと昨夜電話をしたのだけれど、虚しく呼び出し音が響き渡るばかりで、受話器を取るはずの人はいない。これはすでに入院してしまったのだなと甥っ子に電話すると、やはり、検査結果を聞きに行ってそのまま入院ということになってしまったのだそうだ。

 

症状からネットで調べて甥が予想していた通りの、細菌性の急性脊髄炎だという。見たこともない母親の尋常でない苦しみように、一時は母親との別れも覚悟したという甥から、少々入院は長くなるが、命にかかわる病気ではないことを聞いてまずはホッとした。

 

けれども、今日になって改めてネットで調べてみると、いまだに正確な原因も判明せず、障害も残らず元通りに治る人は三分の一だと書かれている。あとは軽度の障害が残る人もあり、なかには日常生活に支障をきたすほどの永続的障害が残る人もあるという、なかなか厄介な病気であるようだ。

 

昨夜は命に別状はないとのことに安堵し、ただ、入院が3か月くらいはかかりそうというので、正月が家で過ごせるかやリハビリが大変だろうなどという心配しかせず、比較的のんきに話してしまった。けれども、甥っ子の心中はそんなにのどかなものではなかったかもしれないと、今になって少々申し訳ない思いがする。

 

97まで生きた母も年を取るほど丈夫になって内科的な病気とはほとんど縁がなく、我が家にいたころなど、時々疲れがたまってへたばる私より健康だったくらいだ。若いころから華奢な体つきで弱々しげに見えた姉も、数年前に膝を悪くはしたものの、病気らしい病気はしたことがなく、喜寿の今年まで寝込むようなこともほとんどなくきた人だった。

 

だからなんとなく我が家の女性は丈夫で長生きと思い込み、むしろ「生き過ぎる」ことのほうを案じていた私だけれど、今回の姉の病でにわかに別な不安も頭をもたげる。しかし、どんなに案じ、また食事や健康に留意したところで、思いがけない病を得たり、障害を負ったり、まして、いくつまで生きるかなどは神の領分なのだからどうすることもできない。

 

今はとにかく、元の平穏な生活を早く姉が取り戻せるように祈りたい。

 

 

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子供のころの姉と私。