よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

この国の在り方を根本から問う『日航123便墜落の新事実』

今年の7月30日に出版されて、昨日私の手元に届いたものは、すでに四刷となっている。著者は元日本航空客室乗務員の青山透子という方だ。2010年には『天空の星たちへ―日航123便 あの日の記憶』という本も出してみえる。

 

事故で犠牲になった客室乗務員は著者の先輩や同僚だったのだから、悲しみもショックも大変なものだっただろう。でも著者はそうした中でも、ただ悲しみに流されるのではなく、事件の真相に疑問を抱き続けた。誰かの都合で真実が隠されているのだとしたら、亡くなった方たちが浮かばれない。忘れないことと同じくらい、事故の真相を知りあまねく知らせなければ、そうして未来への教訓として生かさなければ・・・という思いで、さまざまな記録や関係者への取材をもとに前著を出版した。

 

その後、著者は群馬県上野村の上野小学校と上野中学校の子供たちによる事故後の文集の存在を知ったことから、いまこそこれらに光を当てなければいずれ風化してしてしまい、せっかく残してくれた人たちにも申し訳ないという思いに駆られた。また前著を読んだ人から新たな証言が寄せられたり、毎年慰霊登山をしている遺族から、事故現場で見つけた品物が送られてきたりで、再度事件の真相に迫る本著をまとめることになったそうだ。

 

第一章はスチュワーデスの視点からと政治家の視点、さらに日本航空の視点からみた事故について書いている。第二章は遺族の吉備素子氏の体験・記憶と当時の山下徳夫運輸大臣の記憶、そして各地で事故機とそれを追うように飛んでいたというファントム機などを目撃した人たちの証言をまとめている。

 

そして、第三章では、この本を書く大きな動機となった子供たちの文集が語る目撃証言と、横田基地を取材したときのノートの記録や、救助のため最初に事故現場に到着した消防隊員などの証言にある「ガソリンとタールの混ざったような臭い」についての科学的な調査と考察がまとめられている。

 

第四章ではこれまでの事実や証言、さらにアメリカ側の証言や事故当時の動きなども加えての検証や推論が展開される。

 

最後に終章「未来の目は見た」として、事故の起きた1985年8月12日の夕刻から深夜までの事実関係を日航123便の状況、自衛隊公式発表、米軍の動き、信憑性のある目撃情報の4つの観点から時系列に沿って表に整理している。これらのことから、一人ひとりがあの日いったい日航123便に何が起きたのかを、しっかり考えてほしいと訴えている。

 

なぜ事故機は墜落しなければならなかったのか。事故後早い時点で墜落地点は特定されていたにもかかわらず、翌日まで現場が特定できないとされて救助隊が派遣されなかったのはなぜなのか。現場で検死した医師によれば、救助が早ければ助かったかも知れないと思う、つい先ほどまで生きていた痕跡のある遺体が100体ぐらいあったそうだが、そうした人たちを助けるよりも優先して片付けてしまわなければならなかったものは何なのか。

 

事件当時も、何か底知れないような大きなものが動いている雰囲気を感じていたようだけれど、著者は今の世の中ははさらに心配な状況になってきていると指摘する。権力者は、自分たちの都合が悪いことは国民の命に優先しても隠そうと努める。その傾向はますます顕著になってきているのに、国民の方は真実を知ろうともせず、自分の頭で考えようともしない。

 

敗戦からは72年、日航機事故から32年。どれだけ時が経っても、この国は少しも変わっていない。やはりもっともっと大変な状況にまで行き着かない限り、目覚めないのだろうか。しかし、それでは事故ではなく事件だったかもしれないこの日航123便に乗り合わせて突然人生を終わらされた人々に申し訳ないのではないか。

 

始めに「この機に乗っていたのは524名の乗員乗客と犬1頭」とあったときから、ずっと私の頭を離れなかった一頭の犬のこと。最後にきちんと「あの日墜落した飛行機の貨物室にも犬が一頭乗っていた。飼い主と離れてゲージに入れられたその犬は、あの異常な機体の動きにきっと怖くて泣いていただろう。天国の虹の橋でご主人とやっと会えたことを祈る」とあって、いっそう涙を誘われたけれど、忘れずに犬のことにふれてくださったところに著者の優しさを感じた。

 

長年の渾身のデータ・証言集めの努力に感心するとともに、著者のどんな力にも負けず真実を追究する強い精神や周囲の人間に対する深い愛情が感じられ、フィクション以上に感動的なノンフィクション作品になっている。

 

 

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