よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

武士なのに弱い笙之介がステキな『桜ほうさら』宮部みゆき著

祇園祭の今夜は打ち上げ花火が上がっていて、ずっとドーン、ドーンという音が響いている。花火の音を聞くといまだにちょっとソワソワする。

 

私が子供の頃は、まだビルなどの高い建物がなかったので家から花火見物ができた。昭和三十年代の始めのそのころ、豊橋の中心部でもまだ車はあまり通らず、のどかに家の前の道路に縁台を出して、涼みながら近所の人と一緒に見物したことを思い出す。

 

昨日今日と、夢中になって『桜ほうさら』を読んでいた。江戸の下町の貧乏長屋を舞台に、冤罪で切腹した父の汚名を雪ぐため、貧しい小藩から江戸に出て来て、その長屋に暮らすようになった古橋笙之介の物語だ。

 

場面は春浅い川のほとり。一分咲きの一本の桜の木の下に、桜の精かと思う不思議な女性が立っているのを笙之介は目にする。夢か幻か・・・。

 

やがてその女性和香と対面することになり、笙之介が判断に迷うような時には意見を聞きたいと思う人になり、彼の心の大きな部分を占めるようになるが、美しい和香には悲しい秘密があった。

 

笙之介の父が陥れられた事件の謎解きを縦糸に、和香との淡い恋や長屋の住人たちの人情を横糸にして、宮部さんお得意の江戸ものの世界が紡がれる。期待にたがわぬ人物それぞれの魅力、ほろりとさせられる様々なエピソードが盛り込まれ引き込まれる。

 

途中で、おやこれはいつぞやテレビドラマで見た話だと気付いた。ドラマも良かったけれど単発ものだったので話が絞り込まれていた。その点、やはり小説は登場人物一人ひとりがいきいきと描き分けられ、サイドストーリーまで魅力に満ちている。

 

ドラマでは玉木宏さんが演じた主人公笙之介は、穏やかで誠実な人だった父親似で、格上の家から訳ありで嫁いできた勝気な母にはうとまれている。剣の腕もたち母の強い気性を継いでいる、兄の勝之介の方を偏愛しているのだ。

 

学問はできるが世事に疎くなんとなく頼りない笙之介だが、長屋の人たちは彼に親しみ、愛し、何くれと世話を焼く。ここぞという時には力を貸し、とうとう彼の命をこの世につないだのもこの人たちだ。

 

血が繋がっていないためにギクシャクする親子がいる。血が繋がった親子兄弟であるがゆえに憎み合い、相手の死さえ願う者もいる。親子とは何か、力とは、幸せとは・・・といったことをしみじみと考えさせられる。

 

世界中が憎悪の連鎖の中にあり、身近な生活の中にはヘイトやらいじめやらが蔓延する時代にいる私たち。敬愛する自分の父を死に追いやった者たちを、憎みきることができなかった笙之介の優しさに学びたいと思った。

 

 

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私が校正者なら何か所か赤を入れなければならないところがあるが、それはこの際あげないことにする。