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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

武田花さんの猫写真集『猫・陽のあたる場所』

武田花さんは武田泰淳・百合子ご夫妻のお嬢さん。お嬢さんと言っても私と同じ1951年生まれなので、はや前期高齢者に入れられるお年であるが。まあ、何歳になろうとお嬢さんはお嬢さんである。

 

『猫・陽のあたる場所』は、その花さんがまだ三十代の頃に出版された写真集だ。私が猫が好きだということを知った友人が、貸してくれた。

 

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私が二十余年付き合ったうちの猫たちとは、かなり面構えの違う被写体たちだ。モデルは全部野良猫。猫ブームのようで、ちまたに仔猫・美猫のかわいらしげな写真集は数多あるが、そうしたものとは一線を画す。岩合さんの猫ともまた、違う。

 

とにかく、みんなひと癖ありそうな面構えの猫たちだ。そしてそれ以上にこの写真集を特徴づけているのは、モノクロームであることと、背景だろう。猫たちに負けず劣らず、ひと癖もふた癖もあって存在感を放つ景色の中に猫がいる。目を凝らさねば、主役であるはずの猫が見当たらない写真もある。

 

それらの多くはごみごみとした下町風景である。営業しているのか閉めてしまったのか、判別つかないような場末の飲み屋もある。古い民家の、下着の干された二階の物干しもある。

 

なんだか胸の奥がキューっとするような、懐かしい風景ばかりだ。あとがきに、それらの撮影場所は今はもうほとんどない、と書かれている。30年前に出版された時点で、すでに失われた風景なのだ。

 

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世の中の雰囲気はどんどん昔帰りして行っているようなのに、人間の使う道具はかつてのSF小説にすら登場しなかったようなハイテク機器になり、人々の暮らす場所はどこまでも明るくピカピカなものになっていく。

 

その狭間で、戦争や教育勅語の時代はまっぴらだけれど、かと言って技術の進歩と歩調を合わせることもできない私は、想像もできない二十年後、三十年後を憂えてオロオロするばかりだ。

 

 

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昨日、じっとしていられない仲間が集まって、駅前緊急行動を実施。22人の参加。

 

 

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思っていたより参加者が多かったので、チラシ350枚配布。署名活動もできた。