よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

木村草太さんの「明るく楽しく憲法について学ぶ」

石川県だったら、会場が借りられなかったであろう講演会タイトルだ。豊橋は大丈夫だったようだが、それでも会場である豊橋市公会堂に近づくと、ヘルメット姿の警官がいっぱい歩道に立っていて物々しい雰囲気。私たちの車の前を走る車も、赤色灯を点滅させたパトカーだった。このあと間もなく、このメインの通りは通行止めになったらしく、後ろの席に着いた男性が、大回りして遅れたと先に来ていた人に話していた。

 

報道ステーション」のコメンテーター効果もあるのだろうか、開場から間もなく満席になった。東三河九条の会の主催なのだけれど、この会は毎回なかなか魅力的な講師を招く。一昨年は中村哲医師だった(この時も右翼の街宣車が来て、外が非常に騒がしかった)。

 

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豊橋市では今日いくつかのイベントが重なり、民進党の前原さんの講演会も催されている。井手教授を引っ張り出した前原さんの話も気にはなったが、木村教授を選択した。

 

「明るく楽しくとありますが、憲法はなかなか楽しく語るのは難しい・・・」と話し始められ、「まず憲法とは何かと言うと、国家権力に対する貼り紙です」と仰る。全国の小学校や中学校には「廊下を走らないこと」という貼り紙があるかと思うが、これは子供は、大勢集まるととかく走るものだから。同じように、過去に国家権力がしてきた失敗を防ぐための貼り紙が、憲法であると。

 

ところで、木村さんは憲法審査会に参考人として呼ばれて国会に行ったとき、「国会にはどんな貼り紙があるかと観察してきたら、さすがに『廊下を走らないこと』はなかったですが、トイレに『ガムは包んで捨てること』というのがありました」と仰って聴衆の笑いを誘った。

 

で、国家権力が犯しやすい失敗とは、戦争・人権の侵害・独裁の3つ。だから軍事力のコントロール基本的人権の保障・権力の分立を規定している。

 

日本国憲法が古いとか、他国と比べて改正の回数が少ないとかいう論があるが、アメリカ合衆国憲法は18世紀のもので、なぜあのややこしい大統領の選出法かと言えば、まだ鉄道すらなかった時代、候補者が全国を回ることなどできないことから考え出された。改正の回数で言うなら、アメリカは200~250年間に27回改正しているが、そのうちの2回は禁酒法の制定と廃止であり、そのほかも人権条項を加えていった回数が多い。日本は帝国憲法の73条を廃して、新しく103条を制定したのだから、単純に数では比較できない。

 

また、ドイツなどは憲法が細かなことまで規定しているため改正がたびたび必要になるが、日本国憲法は原理・原則の規定が多くシンプルになっているので、改正の必要が生じにくい。また改憲手続きが厳格なのも、それと呼応しているとのことだ。

 

少し具体的で面白い話をと、道徳の教科書について昨年1月に木村さんが現代ビジネスのサイトに書いて、炎上とも言えるほどのアクセスを集めた話が紹介された。

 

小学校6年生のつよし君、学校の組体操の練習で、わたる君がバランスを崩したためにピラミッドが崩れて落下し骨折した。楽しみにしていた運動会に出られなくなりわたる君を恨むが、お母さんに「一番つらい思いをしているのはつよしじゃなくて、わたる君だよ」と諭され、恨むのをやめてわたる君に電話をする気持ちになる・・・「うう、なんていい子(泣)」となる?話だ。

 

木村さんは、「中には10段ピラミッドなんてのをする学校もあって、こうなると高さ7メートル、下の方の子の背中にかかる重量は200キログラムにもなります。建設現場で7メートルの高さの手すりもない場所で、ヘルメットも命綱もなしの作業をしろと指示を出したら、法律違反になります」と話す。

 

それを学校でやらされるということは、子供が安全に暮らす権利を侵害されていることになる。つよし君が今するべきことはわたる君への電話ではなく、権利を侵害されていると弁護士に訴えることだと。

 

道徳という教科は、指導要領を見ても非常に漠然としていて分かりにくい。だから教科書を作る会社も、どう作れば良いか分からない。指導要領(小学校第1学年及び2学年用)の4番目に「うそをついたりごまかしをしたりしないで、素直に伸び伸びと生活する」とあるのを挙げて、「うそをつく人って、結構伸び伸びと生きてるんですよね」と笑わせる。そうだ、某首相も某大臣も・・・。

 

道徳ではまた、「権利は義務とセットのものです。義務を果たして権利を主張しましょう」などと言うが、権利とは行使しないと失われていくものだから、「後世の人のためにも、無くさないよう行使し続けることこそが義務」という説明にはハッとさせられた。

 

このあと、憲法9条の解釈の現状や、去年施行された安保法が9条に対する政府見解と矛盾するため実際には使えない法になっていて、実質的には反対派の勝利と言われるのを聞いていささかほっとした。

 

最後に辺野古訴訟について触れられ、米軍基地のような著しく地方自治に制限を加えるものを設置するには法律が必要なのに、 辺野古移設は小泉、鳩山のそれぞれの内閣時に閣議決定で決められたもので、そもそも法的根拠は不十分とのこと。昨年12月に最高裁で上告棄却となったのは、強く批判されてしかるべきことなのに、棄却の報道自体がたいしてされず、したがって反論も批判もあまりされていないのは残念だと仰った。

 

マイクを手に時々右に歩いてそのまま横向きでしゃべり、正面に戻ってしばらく話すとまた今度は左に歩いてそのまま横向きで・・・という独特のスタイルで、よどみなく1時間半の講演を終えられた。想像していたよりもユーモアがあり、ちょっとシャイな面とお茶目な面がいい感じに隠し味になっていて、とても魅力的な方だった。

 

このあと、すぐまた東京に帰ってもう一つ講演会があるとか。新幹線の時刻までのわずかな時間、サインのプレゼントがあると言うので、講演終了後の本の販売は大盛況のようだった。

 

講演会場を出た私の心を満たしていたものは、法律は冷たく難しいものという私の思い込みを覆し、弱い立場の人を守るためのものだという木村草太さんの強い信念が、思いがけなく垣間見えたお人柄とあいまって醸す「温かさ」だった。

 

 

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