よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

学校が「田んぼ」ならそこで育つ児童は・・・

昨日、今日とテレビっ子になっている。とりわけ昨日は、誰もがテレビはまだまだ捨てたもんじゃない、と思ったのではないだろうか。もちろんテレビでなくても、インターネットの中継でも同じだろうけれど、とにかく映像というのは驚くほど多くの情報を見る側に届けてくれる。

 

いままで「なんだかうさんくさい関西のおっちゃん」だったのに、国会で堂々と証言する籠池氏のインパクトは強烈だった。そして、それは真実を言っている強さだと感じさせた。この人の教育方針はとんでもないし、学校新設のためにとった手段は上品だったとは言い難いけれど、腹をくくって証人喚問に応じ、衆人環視の中で証言したのは立派だ。

 

それにひきかえ、恫喝のような口調で質問した与党議員も、かたや偽証罪というリスクを背負って証言台に立った相手に対し、その人の証言にフェイスブックなんぞで反論したファーストレディも、実にみっともない姿をさらしてしまったように思う。この上は昭恵夫人も、ぜひ証人喚問の場で、正々堂々と自分の言葉で語って欲しいものだ。

 

それから、あまり誰も触れていないようだけれど、籠池氏の話に出て来た、昭恵夫人が建設予定地を氏とともに視察した時の「良い田んぼができそうですね」という言葉が、私は気になった。学校を「田んぼ」に例えるということは、そこで育つ子供を米、つまり自分たちが利用する便利な「作物」ととらえているということで、その感性が不愉快でならない。

 

今日は一転して官僚たちが参考人として招致されたが、予想通りの知らぬ存ぜぬで押し通す。けれども顔つきを見ていれば、誰のどの言葉が虚偽であるかだいたい察しが付きそうだ。百聞は一見に如かずというが、本当に映像の力は大きい。あの人は嘘の苦手な正直タイプ、この人は平気でしらを切る腹黒タイプ・・・などと品定めまでできてしまう。

 

夕方金曜スタンディングに行ったら、ある人は「もう政府は瓦解寸前だね」と言うのだが、いっぽうでまたある人は「もっと大物の名前が出るかと期待したけど、中途半端でうやむやに終わりそうだね」と言う。同じものを見ていても、人の受け止め方とは違うものだなと改めて感じた。

 

政府、与党はなんとか早く収束させようと焦っているようだが、これで終わりにされてはとうてい納得できない。ここはやはり相手側の関係者も、同じ証人喚問の場で説明してほしい。国民はそれを望んでいる、ということを示さないと、またぞろ力任せに強引な幕引きとなりかねない。全国で同時多発的に声を上げるとかできないものだろうか。

 

などと書いていると、危なくなってくるのだろうか・・・。

 

 

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