よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

素晴らしい答辞にもらい泣き

3月は卒業の季節。昨年12月から民生委員をしているので、地域の学校から卒業式の招待を受ける。今日は中学校に出かけた。受付を済ませ女生徒の案内で控室に入ると、接待担当の女性教諭が和菓子と桜湯を出してくださった。

 

やがて会場である体育館に入る時刻が来て移動する。すでに在校生と卒業生の保護者は入場を終えて席についている。来賓たちが着席するといよいよ今日の主役である卒業生たちの入場で、全員が拍手で迎えた。

 

中学校の卒業式に列席するなんて、何十年ぶりだろうか。次男の時以降縁がなかったと思うから、四半世紀ほどか。勤めていた時に職場の若いパートさんたちから、保育園や学校行事の様子を聞くこともあり、時代の変化に驚かされることも少なくなかったので、はたして今どきの中学校の卒業式とはどのようなものかとおおいに興味があった。

 

感想を一言で言えば、「素晴らしかった」である。卒業生はもちろん、在校生も式中ずっと緊張感を保ち、私のみえる範囲では頭がフラフラする生徒すらいなかった。

 

式の冒頭に、毎年歌っているとかで『大地讃頌』という曲を全校生徒が合唱したのだけれど、この合唱の素晴らしさにいきなりうたれてしまった。私が中学生の頃、思春期の男子は「歌なんて歌えるかよ」というポーズを作る子が多く、全校で歌うと男子は横着する子が多いため、女声ばかりが目立った。そのため高校の入学式では、変声期も終えた低音の男声が圧倒的な校歌(男生徒が女生徒の3倍もいる学校だったのですごい迫力だった)に非常に驚いた強い記憶がある。

 

国歌斉唱、卒業証書の授与と進み、校長式辞や教育委員会告辞、来賓祝辞など昔と変わらない次第がしばらく続いた。そうして在校生代表の送辞。定型通り巻紙を手に読んでいた生徒が言葉を中断、どうしたのかと思うと、進行係が「指揮〇〇、伴奏〇〇」と告げ、それぞれの生徒が所定の位置に着く。そうして在校生による合唱が始まり、歌が終わるとまた元の送辞に戻り締めくくった。

 

続く答辞も同じ形式だったのだが、代表の男子生徒(合唱のピアノ伴奏もした)が合唱のあとの答辞の終盤部分で感極まってしまい、親への感謝を述べるのに「お父さん」と言ったあと、なかなか次に来るはずの「お母さん」という言葉が出ない。私は心中「頑張れ!」と思わず応援していた。

 

そのあと一所懸命に自らを励ますようにして、ひとつひとつの言葉をかみしめるように答辞を語り終えたのだけれど、彼につられて卒業生の席ではあちこちで女生徒が目をぬぐっていた。すでに序盤の全校合唱で感動していた私は、自分の子供が卒業するわけでもないのに、ついにここでもらい泣きをしてしまった。確認しなかったが、おそらく保護者席でも相当の方が感涙にむせんだことだろう。

 

帰宅してから調べてみると、「歌声、掃除、挨拶を生活の三本柱とする豊橋市××中学校。全校生徒が一丸となって取り組む合唱コンクールは1カ月以上前から練習を積み重ね、成果を発表する大きな行事だ。 2014年度からは、発表の場を...」という地元紙の記事が見つかった。やはり伝統的に合唱に力を入れているらしい。

 

みごとに統率のとれた、しかも列席者の感動をも呼ぶ式典をするために、先生方や生徒たちがどれほどの時間を要したのだろうと考えると、単純に涙を流していていいのだろうかと思わないでもない。私自身は自分のこうした節目の行事に、かなりクールで、今日の答辞を読んだ男の子のような感受性はなく、そうした立場に立っても淡々とこなしてしまったように思う。

 

いま一緒に勉強している中学生からも、ひどくはないがスクールカーストのようなものはやはり存在するとも聞いていたので、今頃の中学校はいかに?と思って臨んだ今回の卒業式だったが、保護者の方たちの撮影などもとても節度のあるもので、なあんだ、ほとんど昔と変わっていないんだ、という感想に落ち着く(ただ、こういう形式しかないのかという議論は、もっとなされてもいいような気がする。他の学校行事も、あるいは成人式なども)。

 

 

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アイプラザ豊橋での発表の様子           (東日新聞さんのサイトから)