よんばば つれづれ

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残酷で美しい物語『蝶』皆川博子著

書評などで「美しい文章」と評されているのに惹かれて読んでみると、案外に美しげな表現が多いだけで、自己陶酔的傾向の強さに辟易して、我儘な私は往々にして読み通すことができなかったりする。

 

けれども、この『蝶』は本当に美しい文章だと思った。美しげに書いているのでなく、的確な表現で無駄がない。読み手に心地よい緊張感を抱かせ続ける。そして、それぞれの物語に引用している詩や俳句が、陰影の濃い物語の奥行きをさらに深くする。

 

「空の色さえ」 両親がちゃんといるのになぜか祖母の家で育てられた私。「あがってはならぬ」と祖母に禁止されたその家の二階には、幽霊の男がいて、その男の弾くマンドリンに合わせて私は歌う。祖母、嫁である私の母、胸を病んだ叔父、近しい人間の愛と憎が絡み合う・・・。

 

「蝶」 インパール戦線で生き残り復員した男。妻のもとに帰ると、彼女は彼の見知らぬ男と同棲していた。奇妙な三人の同居の果て、男は戦地から持ち帰った銃で妻と情夫を撃つ。幸い二人は死なず極刑にはならずに済んだ男は、出所後、小豆相場で成功。北の果ての海に程近いさびれた「司祭館」に住みつく のだが・・・。

 

 

「艀」 戦争でみなしごになったしのぶは、使われていない漁具の小屋に住んでいる。桟橋で知り合った男からみすぼらしい詩集をもらう。それは紙不足の世に男が苦労して出した私家版の本だった。それから二人は桟橋で会ってはその詩集を朗読し合う。ある日、しのぶは入水しようとする男を見つけ、自分も後を追う。男は入水を断念してしのぶを助ける。成長したしのぶは小説を書くようになる・・・。

 

 

「想ひだすなよ」 仲良しの4人の少女。でも実はたがいに嫌ったり見下したり敵意を持ったりしていた。やがて読書の好きな「わたし」は、友人たちと遊ぶより隣家の主人の妾と本を読むことに夢中になる。ところが、それが大人に知れたとたんにその楽しみを奪われてしまう。大人に教えた友人を憎んだ「わたし」は、その時男物の傘を持っていた。男物の傘の石突は槍のように細く鋭い・・・。

 

・・・という具合に、美しさと恐ろしさが見事にないまぜになったお話が、

「妙(たま)に清らの」

龍騎兵(ドラゴネール)は近づけり」

「幻燈」

「遺し文」  と八篇続く。

 

装丁もこの作品にピッタリの雰囲気。

 

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Amazonの写真が明るすぎてイメージが違うと思い、自分で撮ってみたが、やっぱり明るくなってしまう。実際はもっと青が暗い色で、見返しや見返し遊びが黒で、とびらもとても似合ったデザインで作品世界と融合している。