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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

もうすでに「うす茶色の朝」になっていて、今更ですが『茶色の朝』フランク・パヴロフ著

先日我が家にスタンディングのメンバー何人かが集まって、駅前で立つ以外のそれぞれの活動や今後について話し合った。その時に仲間の一人が持って来てくれたのがこの本だった。もう10年以上前に出版されたものだが、私は浅学寡聞にして知らなかった。

 

陽の光がふりそそぐビストロで、俺と友人シャルリーはコーヒーをゆっくり味わいながらしゃべっている。

 

シャルリーは犬を安楽死させなければならなかった。なぜなら「あの犬を茶色だと言い張るには無理があった」からだ。

 

「病気のせいじゃない。茶色の犬じゃなかった、ただそれだけさ」

 

お国の科学者たちの言葉によれば、茶色がもっとも都市生活に適していて、子どもを産みすぎず、えさもはるかに少なくてすむから「茶色」を守るのが良いのだそうだ。

 

そうして、猫も犬も、茶色以外は取り除く法律が作られた。処理されるときは胸が痛んだが、人間ってやつは「のどもと過ぎれば熱さを忘れる」ものだ。

 

やがて読み慣れた新聞「街の日常」が廃刊になり、競馬とスポーツネタは「まし」らしい「茶色新報」しかなくなった。

 

次に「街の日常」系列の出版社がつぎつぎに裁判にかけられ、図書館の棚からそこの書籍は強制撤去を命じられた。

 

・・・

 

そうして、ある朝。

「俺」の家のドアをたたく音がする。

こんなに朝早くなんて初めてだ。

外は茶色。

そんなに強くたたくのは誰なんだ・・・。

 

 

という、ぞっとする物語だ。

 

 

この物語を書いたパヴロフさんは、少しでも多くの人に手に取ってもらいたいと、この本を1ユーロで販売したのだそうだ。だが、この日本版は後ろに長い解説文がついて、本体価格1000円で出版されている。

 

むしろ、この解説はないほうが良かったのではないか、というのが読み終わった私の実感だ。分かりやすくはなったけれど、読後のなんとも言いがたい、肌がゾワゾワするような恐ろしさが薄められてしまったような気がする。

 

もうみなさんご存知かもしれないけれど、もしまだ読んでいないという方は、ぜひ図書館でも(まだ置かれていますよね)いいので、お手に取ってみてほしい。

 

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