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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

半年ぶりに姉と一緒に墓参り

暮らし

豊橋に停車する新幹線「ひかり」の数は少ない。横浜まで出るのに小一時間かかる姉が乗ってくる「ひかり」が着くのはいつもちょうどお昼頃。すぐ駅前からタクシーに乗り霊園まで行く。

 

二人でおしゃべりしながら水や花や線香をあげ、父と母と兄(姉にとっては弟)に話しかける。寒い間は姉が遠出を控えるので、次に二人で一緒に来るのはまた春の彼岸以降になるだろう。見た目も雰囲気も昔とあまり変わらないと感じる姉だけれど、さすがに後期高齢者のくくりに入る年齢には逆らえず、身体機能は落ちているのだ。11歳も若い私でさえ、日々体の痛みと折り合いを付けつつ暮らすくらいだから、当然と言えば当然なのだろう。

 

最近、医科学的に「すわる」ことが健康に及ぼす害が指摘されるようになった。あまりすわり心地の良すぎる椅子は、健康のためには良くないとか。なのに、姉は30代から自宅で刺繍の教室を始め、70代の現在まで、40年和室で座って教え続けてきた。生徒の方は曜日や時間によって替わるけれど、教える方は座りっぱなし。本人は慣れてしまって苦痛にも思わず続けていたと言うが、おそらくそれが膝に負担を与えていたらしく、数年前に原因不明の膝の十字靭帯消失という事態に至った。

 

一時は歩くこともできないほどの痛みだったようだけれど、手術は怖いからと受けないで、リハビリに通い、毎日散歩に励むことで、いまでは外見上は支障なく歩けるまでになった。だが、これがきっかけで、体力面でかなり気弱になったように見受けられる。

 

私も公文の教室をしていた10年間、借りていた会場が和室だったので、長時間座っていた(途中重症の腰痛になって正座が難しくなり、自分用だけ立ち机をいれた)し、最後の職場の11年間は、デスクワークで、昼食時に立つ以外、ほとんど一日中座りっぱなしだった。最近見たテレビ番組では、30分に1回は立ち上がったほうが良いとすら言っていたくらいなのに・・・。

 

いまはそうした縛りもなく自由な無職の身なのに、相変わらず座りっぱなしの生活だ。本を読む、パソコンに向かう・・・。もっと体を動かすようにしなければと思うのだが、一人の暮らしではそれほど部屋も汚れず、また掃除したところで狭い家のこと、運動量はしれている。

 

仕事を辞めた当初は毎朝4キロほどのウオーキングもしていたし、一日のタイムテーブルなども考えて暮らすように努めていたのに、3年半余の時が経ち、随分といい加減な暮らし方になっている。夜の軽いストレッチや筋トレと火曜日のコグニサイズ以外にも、何か活動的なメニューを入れ、勉強の時間もきちんと取るように、もう一度新規まき直しをしなければ!

 

 

前回姉が来たときは、だいぶ弱ってはいたものの、まだドリームがいた。今日のように姉を出迎えて墓参に行くのに、ドリームにオムツをさせて出かけたのだった。今回、姉も玄関に入って「出迎えてくれる子がいなくなって寂しいわね」と一番に言った。

 

朝さむに急ぎ出したるセーターに猫の毛見つけ心波立つ

 

 

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昨日の「12.19戦争法廃止、改憲阻止の東三河大集会&パレード」 私は集会のみ参加