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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

こうして冤罪は作られる『死亡推定時刻』朔立木著 【追記あり】

ゑぽむさん(id:EPOM)が薦めていらした、朔立木さんの作品を読んだ。この方は 性別を含めほとんどプロフィールが明かされていないらしいが、実は現役の法律家で、業界では知る人ぞ知る人物なのだとか。そんなミステリアスさも興味を引く。

 

なり上がりの資産家の娘である女子中学生が誘拐され、一億円の身代金要求が来る。警察は偽札を準備しようとするが、被害者の母親の懇願で、父親は現金を用意し受け渡し場所で渡そうとするが、犯人を逮捕できない状況のため警察に阻まれる。

 

女子中学生は遺体で発見され、警察関係にも闇の金を流している資産家は、身代金受け渡し失敗後の殺害であれば、これまでの自分と警察の癒着を公表すると幹部を脅す。収賄が公になっては困るため、幹部は死亡推定時刻の変更を鑑識や解剖医に指示し、事件の様相はだんだん歪んでいく。

 

そうしたなか、ひとりの若者が逮捕される。山中の遺体近くにあったカバンから金を盗み、前科があるため指紋によって割り出されたためだが、取り調べ刑事の誤った確信から、誘拐殺人の犯人と見なされ、起訴されてしまう。

 

父親は酒浸り、一人農業で家計を支える母親は無知なために、息子の以前の罪で世話になった弁護士しか知らず、殺人という重罪であるにもかかわらず、その誠意のかけらもない弁護士に息子の弁護を依頼してしまう。

 

強権による強引な取り調べ。気が弱く無知で自堕落な青年と、同じく無知で経済力もない母親は、冤罪の蟻地獄に落ちていく。

 

青年を誘拐殺人犯と思い込む刑事も、彼を犯人に仕立て上げてやろうと思っている訳ではなく、仕事熱心であり、悪を憎む強い気持ちの持ち主でもある。検事にしても裁判官にしても、極力仕事を効率的にさばこうという熱意には燃えている。弁護士は、どうしようもないいい加減さだけれど、母親は正規の料金も支払えない貧しさでもあって報酬なりの対応であり、現実にはこうした手合いも少なくないのだろうと思われる。

 

 

ああ、こうして冤罪は生み出されるのだなと、とてもリアルに感じられた。昨年見た、狭山事件の石川被告とその妻の日常を追ったドキュメンタリー『みえない手錠をはずすまで』がしきりと思い出された。

 

取り調べの可視化を進めることはもちろんだけれど、やはり自白よりも証拠などの物証をきちんと積み上げることが大切だろう。科学の目覚ましい進歩で、少し前にはできなかったような調査や分析ができるようになったのだから、そうした捜査に比重を置くべきだろう。

 

いつか私にも裁判員の通知が来るかもしれない。人を裁くということを考えると、その責任の重さにあらためて足がすくむような気がする。そうした仕事に日々携わる裁判官も、おそらく初めの頃にはそのような気持ちがあっただろう。何度も何度も繰り返すうちに、その厳粛な思いが薄れていくということはないだろうか。人の人生を左右する判断をするという重責を再確認して、やはり「疑わしきは被告人の利益に」という基本を思い出してほしいと思う。

 

現代は、この作品に出てくるほどの荒っぽい捜査はなされていないと信じたいが、実際に法律の世界で仕事をしている著者が、たった10年ほど前にこの作品を書いていることの意味も考えたい。

 

 

【追記】

9時からドラマを見ようと焦ってアップしたので、魅力的で大切な登場人物のことを書き忘れてしまった。この不幸な青年を救うべく、控訴審で採算度外視で奮闘する若き弁護士川井倫明!この愛すべき弁護士の前途に、幸多かれと祈らずにはいられない。

 

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