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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

市民大学「三河の歴史と社会科教育」

暮らし

市の広報で募集していた愛知大学連携講座に申し込み、今日がその第一回目だった。募集人員は150人になっていたが、ほぼその定員に近い人数が集まっていたようだ。おそらく受講者の平均年齢は70代くらいになるであろうと思われる。現代のシルバー層は実に学習意欲旺盛だ。もちろん、私自身もそのうちの1人なのだけれど・・・。

 

講座の内容が「江戸時代の東海道交通と二川宿」とか「中世の豊橋とその周辺」などとなっており、江戸時代後期の古文書をひもといたりしていることもあって興味が湧き申し込んだ。

 

けれども初回の今日の内容は「三河の社会科教育と社会科教科書」。講師は愛知大学の地理学の准教授のかた。話はほとんど、現在中学校で使われている社会科教科書の地図の誤りについてだった。これはこれで面白くもあったけれど、それにしてもこの1回だけがちょっと毛色が変わっていて、歴史関係だけでは全5回の講師がどうしても集められなかったのかという疑問を抱かせる。

 

東京書籍、教育出版、帝国書院といった大手の教科書に、「致命的誤り」と分類されるレベルの間違いが、複数、なかには数十もあるものさえ存在するという。違う会社の教科書に、同じテーマの地図で同じ国境の間違いがそっくりそのままのものが載っていたりするのは、コピーして使っているからではないかと仰っていた。

 

どんなに校正を重ねても人間のすることであるから、いくらかのミスは出るかも知れない。けれども、子供たちに極力正確な教材を届けようという緊張感や使命感に欠けるのでは?と思われるような間違いがたくさん見られた(例として一つ上げれば、1950年代ころのヨーロッパ地図で、ドイツが東西統一後の国境線になっているなど)。

 

少し前、教科書会社が検定中の教科書を教員たちに見せ、金品を渡していたとニュースになっていた。実際には、問題になったケースだけでなく、教科書選定に際して随分お金が動いているのかも知れないと考えてしまう。

 

もっか山崎豊子さんの『沈まぬ太陽』全5巻を夢中になって読んでいるため、よけいに商習慣における賄賂攻勢に対して妄想が膨らんでしまう。どうか子供たちが学ぶ大切な教材は、お金がモノを言うのでなく、内容で選ばれるようであってほしいと思う。

 

 

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オベンキョはたいせつよ!