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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

中途半端

暮らし

今日は市の郷土文芸作品展の表彰式。ネットから投稿できたので軽い気持ちで短歌を投稿したところ、先月半ば過ぎに招待状が届き、講評会もあるようなので後学のために出席してみようと予定していた。

 

ところが、今日もまた雨である。出かけるのが苦手な私、しかも入賞したとはいえ、去年のお月見会(ビギナーズラックと映画『みんなの学校』 - よんばば つれづれ)と同じく滑り込みの佳作だ。雨の中頑張って出かけるほどでもないか・・・と、結局横着な気持ちが勝ってしまった。

 

 

子どもの頃から何事も中途半端だった。作文でも書道でも絵画でもあるいは弁論でも、いちおう入賞はする。でも、校内の賞どまりか、せいぜい市の大会までいく程度。読書感想文と弁論で県の大会までいったのが最高記録だ。どれもそこそこのレベルには到達するけれど、それだけ。

 

こんなにいろんな分野でかろうじてひっかかるより、ひとつでいいから人並み外れた才能が欲しいといつも思っていた。ところが才能がないばかりか、何に対してもちょっとずつ興味は持つけれども、寝食を忘れてのめり込むほど惹かれるものもいまだに見つけられないでいる。

 

pikoamedsさんが「僕が好きなことってなんでしょうか」というエントリを書いていらしたが、私もまさに同じ思いだ。

 

pikoameds.hatenablog.com

 

 

こんな自分であるため、次男が大学時代に絵の勉強を放り出してバンド活動に夢中になり、プロを目指したいと言った時、そんなことはとても現実的には難しいことだと諭すのが一般的な親の在り方なのだろうが、その役目を果たしてくれたのは次男のバイト先の大将ご夫妻で、私は心配には思いながらも、結構自分の夢も託すような気持ちで応援してしまった。まあ、結局好きなことで食べていくことはなかなかに困難なことだったのだけれども・・・。

 

色々な方のブログを読んでいても、趣味が高じて仕事になったり、各地のマラソン大会に挑戦なさったり、興味のある分野の知識では玄人はだしと思えるほど博識であったり、素晴らしい能力や強い好奇心をお持ちの方がたくさんいらっしゃって感心する。

 

それに引きかえ自分のブログは、取り上げることも一貫性がなく支離滅裂で、いくらかでも秀でた知識を有する分野もない。このままこうして命の果てる時まで、「私の好きなものはなんだろう?」「夢中になれることがないだろうか?」と彷徨い続けるのだろうか。

 

 

モーゼスおばあちゃん(アメリカの国民的画家グランマ・モーゼス)が本格的に絵を描き始めたのはなんと75歳のときというから、まだまだ私も何かに目覚めれば、一事を成し遂げることも全く不可能という訳ではないかもしれないと、希望だけは捨てないで、彷徨いつつ生きていくとしようか・・・。

 

 

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近所の小学校の垣根の土手に群れて咲く白い彼岸花

 

 

※pikoamedsさん、あとになりましたが勝手に言及ごめんなさい。ブログにコメントしたかったのですが、ちょっと長くなりそうだったこともあり、こちらで書かせていただきました。