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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

先祖に思いをはせる季節

両親の墓の掃除に行かなくては・・・と、このところずっと心にかかっていた。明日こそは!と思って休むのだけれど、近頃のんびり起きるので、目覚めればすでに強烈な日差しがあふれていてひるんでしまう。

 

そんなことの繰り返しでいよいよ追い詰められ、今日は日差しの弱まった夕方から出かけた。明るいうちに草取りが終わるだろうかと心配だったが、充分きれいにすることができた。

 

青森の婚家の墓はどうなっているだろうと、ふと気になった。数年前に一人残った姑が施設に入り、家も墓も守る人がいなくなってしまった。近所の分家の人たちが面倒を見てくれているのだろうか。長男の嫁でありながら、責任を果たすことができなかったばかりか、鎌倉時代から続いた家の、二十一代目(我が長男)を連れて出てしまった。姓は替えていないのでいちおう信州で名は続いていることになるが・・・。

 

私の両親の墓も本来なら家を継いでいる甥が守る訳だけれど地元にいないし、彼らの世代になると墓というものに対する意識も違うのだろう。私がここにいて元気な限りは、両親と兄の眠る墓を行き届かないなりに守っていこうと思う。

 

私自身はどう身を処そうか、まだ決められずにいる。樹木葬などに気をひかれるのだが、今のところ当地にはそうした施設の計画はないようだ。

 

お盆のある8月に、広島や長崎の日があって敗戦の日があるというのは、偶然なのだけれど、なんだか運命づけられていたことのようでもある。おごそかでしめやかな気分に満たされる月で、夏のレジャーで開放的気分になるだけでなく、みなが先祖のことを考え、子孫に思いをはせる月にしたい。とりわけ戦争の犠牲になった人たちのことは必ず思い出し、決して新たな戦争の犠牲者を出さない国であり続けたい。随分と危うくなってきているけれど・・・。

 

 

去年は昼間の暑い時に墓の草取りをして汗だくになり、眼鏡をはずして汗を拭いて、そのはずしたメガネを近所の墓石に乗っけたまま帰途につき、食事に入った店で気が付いて冷房でせっかく汗が引いたのに、また炎天下を霊園の一番奥まで戻ったのだった。今年は夕方にしたおかげでそれほど汗もかかず、忘れ物の失敗もなかった。

 

家に戻ってから晩ご飯にするのでは遅くなってしまうので、外で済ませて帰ることにした。昼を出先で一人で済ませることにはだいぶ慣れたが、夕食を外で一人でとることはめったになく、少々わびしい感がぬぐえなかった。

 

注文した料理を出されるとき、汁物がご飯ものの左側に置かれた。あら、あら。働き始めるとき料理のサービスの仕方を教わらなかったのだろうか。いや、教わらなかったとしても、小学校か中学校の家庭科で学ばなかったのだろうか。

 

若い人たちを見ていると、様々な場面で、今は授業時間数が足りないのか、基本の力がついていないなと感じることが多い。だから自分が習ったからと言って、一概に、習っているはずなのにとは言えないが、こんなことは本当は家の食事の時でも身につくはずのことだ。

 

私の斜め前方の席で食事している家族連れのお父さんも、右手に箸を持っているのに、お椀を左側にして食べていた。私はなんだか落ち着かないので、置き直してから食べ始めた。

 

 

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数の子、昆布、大根などが入って、ねっとり糸を引く津軽のうまいもん、ねぶた漬。

ご飯が進みます。(写真のものは去年友人が送ってくれたもの)