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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

台所のスポンジに思う、母のこと

暮らし

今日のかなさん(id:chiisaku)のブログを読んで母のことを思い出した。

 

シンプルで気持ちの良い暮らしぶりを綴る、かなさんのブログ。

chiisaku.hatenablog.jp

 

母は料理はあまり好きではないし、自己愛の強い人(悲しいことに私はどちらもしっかりその血をひいてしまった)で、多くの人が母親に対して抱くようなあったかい思いを私は持てなかったのだけれど、美的感覚はうるさい人だった。

 

農家の質素な両親のもとで育った母は、美術品だの芸術だのではないが、日常のほんの些細なものも自分の美意識にかなったものを使おうとする人だった。私が物心ついたころだから、昭和30年代に入ったばかり、まだ世の中全般も貧しかったけれど、趣味が高じて始めた写真屋の店を空襲で焼かれ、ずいぶん遅れて公務員になった父の収入で暮らす、4人の育ち盛りの子供を抱えた我が家の暮らしは大変だったことと思う。そんな中でも、できる限り、身のまわりを納得のいく美しさに整える努力をして暮らしていた。

 

当時のお母さんたちは割烹着を付けて家事をする人が多く、白いものに比べ汚れも目立たないしハイカラということで柄物の割烹着がはやりだした。たちまち「猫も杓子も」というくらいに周囲の主婦たちがそれを身に付け始めても、母は絶対に白い割烹着しか使わなかった。それも「着物の襟もとがスッキリ出るデザインのもの」を好んでいた。

 

台所のふきんさえ、頂き物などがあれば仕方ないが、自分で買うのなら色や柄の選択をおろそかにはしなかったことを強烈に覚えている。モノ選びもそんな調子なら、物事に対する考え方や行動でも、周囲に流されることを好まなかった。そうした母の暮らしぶりが、今の私の美意識を育むもとになっていることは明らかだ。

 

いかにも「おふくろさん」という、あったかくやわらかなタイプの母親に憧れた私は、思春期以降、母に対してかなり冷ややかな娘だったと思う。自分が親になって、さらに批判的に眺めるところもあった。けれどもこうして思い出してみると、良きにつけ悪しきにつけ、親とは有難いものだと改めて感じる。良い手本として、あるいは反面教師として、かなり似た要素のある人間の、数十年先の姿を見せ考えさせてくれるのだ。

 

思いに反して、私は自分の理想には遠く、かなり母に似たタイプのおふくろになってしまった。ふんわりやわらかくはなれなかったが、何事についてもきちんと自分の審美眼を持ちたいと思う人間になれたことに悔いはない。まあ、ふんわりやわらかく、あったかく、なおかつ芯のところに凛とした強さ厳しさを持てれば一番いいのだろうけれど、そんなりっぱな人には逆立ちしたってなれるわけがないのだから、片方でもあればよしとしよう。

 

 

かなさんが食器洗いのスポンジのことを書いていらしたが、私もスポンジまで気になるほうだ。台所洗剤、ラップや調味料、さまざまな食品の包装など、台所はともすると色の氾濫になり易い。だからまずなるべくしまえるものはしまい、どうしても常に出ている洗剤やスポンジはスッキリした色やデザインのものを選ぶ。

 

お芋の煮っころがしとか漬物とかでお母さんを思い出す人が羨ましい。また、「おふくろの味」で思い出してもらえるお母さんたちが羨ましい。でも、これが母と私の姿。

 

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私が小学生の頃の母、40代なかばくらいか。割烹着姿の写真があったと思うのだけれど、見つからなかった。

 

 

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 今日のスタンディング風景。署名集めの名人Iさん、今日はおかめになって腰には太鼓をぶら下げて奮闘。この方を見ていると相当危機感を抱いていることを痛感する。署名集めの時も日に日に声が高くなってきている。今日は「おかめさん」で署名集めができないので、Kさんが相棒に。参加は7人だったけれど、Iさんのおかげで20人リキだった。もはや「サイレント」スタンディングではないけどネ。