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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

成人の日は昨日になってしまったけれど

悲しいことがあろうと、悩みがあろうと、不安や焦燥をあおるニュースがあろうと、時になれば空腹になり食物をとる。相変わらずあきれるほど健康な私のからだ。

 

成人の日は第二月曜日の11日だけれど、当地では10日の日曜日に小学校区ごとの会場で式典が行われた。私は町内の行事で参加できなかったが、スタンディングの有志が2か所の成人式会場の出口でビラ配りをした。反応は総じて悪かったようだ。特に晴れ着姿の女性たちは、ほとんどビラを受け取らなかったそうだ。

 

そのこと以上に驚いたのは、付き添いで参加する家族が珍しくないということだ。いまや学校の入学式や卒業式も両親はおろか祖父母まで、1人の子供に6人の付き添いという時代で、就職試験にも親が付き添うなど耳にしていたが、成人式については今回初めて知った。もうこのところ当たり前の風景なのだそうだ。成人式自体の意味さえ分からない私には、とうていその親心が分からない。

 

民族衣装である和服を日常的に着る人はほとんどいなくなったけれど、仮装パーティーの様相の行事は年々増加し派手になっているように思う。以前ニュースで見た小学校の卒業式では、女の子は「ハイカラさん」のような着物に袴のいでたちだった。大学の卒業式ですら女の子たちのそうしたスタイルを不思議な気持ちで見てきた私には、非常な驚きだった。子供のサイズの貸衣装が存在するのだろうか。

 

昨日のネットのニュースは、九州の派手な衣装の成人式を伝えていた。女性は花魁の格好なのだそうだ。なぜ成人式に?コスプレが案外楽しいことは私もハロウィンの抗議デモの折に知ったけれど、それなら自分たちで企画してそういうイベントを催せばどうなのだろう。市の行事で(税金で)開催される式典を舞台にするのが、なんだか子供じみていて成人式にはまるでふさわしくない気がするのは、私がへそ曲がりだからだろうか。

 

 

成人式を廃止しようと言い出したら、呉服業界から猛反発を食らうだろうが、現在のようにお役所が主催して行う意味や必要があるのだろうか。日本のお役所は新しいことを始めるのは大変だけれど、いったん始めてしまうと費用対効果や必要性などまるで検証しなおすことなく、延々と予算が組まれ続けていくように思う。時代が大きく変わっているのだから、成人式や敬老の日のお祝いなどのあり方も、見直されていいように思うのだけれど・・・。

 

 

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久々に「お手!」をさせてみたら、まるで無反応なドリーム。

ちゃんと「お手」も「おかわり」もできたのに・・・。

前は名前を呼ぶと「ニャ!」とすぐ飛んできたのに、

この頃反応しないなあと思っていたが、

どうやら認知症が始まっているのかもしれない。

反則!と思うほど可愛い猫なで声しか出さなかったのに、

近頃やたらとすごい大声で鳴きわめく。

ネットで調べるとこれも老化現象、ボケ症状の一つらしい。