よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

自分がいなくなっても、もちろん世界は続いて欲しい

昨日のブログで、「自分がいなくなった世界は、続いてほしいか。」と、いぬじんさんが問いかけている。


私はもちろん続いて欲しい。でも私も結婚前の一人の時なら、かつてのいぬじんさんのようにそんなこと気にもしなかったかもしれない。けれども子供ができ、その伴侶ができ孫ができ、この年まで生きて来たからには、たくさんのお世話になった方々や、大切な友人たちがあり、自分は生を終えたとしても、穏やかに生き続けてほしいと願う人々が少なからずいる。

死は「無」であろうと思っているので、私自身は死んでしまえば何も感じることもないのだろうけれど、それでも自分の命の終焉とともにこの世界が無くなってしまうと想像するのは寂しい。私が一人欠けたところで、世界は針の先でつついたほども影響を受けないだろうけれど、近しい一握りの人たちでもしばらく私が欠けたことを意識し、ちょっとだけ偲んでほしい。そうしていつの間にかそれを忘れてしまうような平穏で幸せな時間が、彼らの上に流れてほしいし、世の中も少しずつでも良い方向に向かってほしい。


いぬじんさんが書いている

もちろん子供のために何かを残しておかなきゃとかというのもあるけど、そういうことだけじゃなく、あの人は無事に夢をかなえることができるんだろうかとか、あの人にはいつ穏やかな生活が訪れるのだろうかとか、ほんとお節介もはなはだしいんだけど、自分自身がいっぱいいっぱいの状態のくせに、気になってしまうのである

この部分は、先日私が書いた宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」という考えに通じることではないかと思う。「あの人は・・・」という視線を広げていけば、中東の戦火に泣く子供が見えてきてしまうし、アフリカの飢えでやせ細った赤ちゃんが脳裏に浮かんでしまう。自分はこんなにふんだんに食べて、申し訳ない・・・と、思わず幸福感がひと回りすぼまってしまう。



ところで、いぬじんさんも私も、家族ができる前は自分がいなくなった世界に興味がなかったのだけれど、これは私達だけの特殊なことだろうか。

私は選挙権を持った時から投票には行っていたけれど、正直なところ政治など何も分かっていなかった。自分の生活と関わりがあるとさえ思っていなかった。テレビの街頭インタビューに答えている、政治に無関心な若い人を批判などできない。おんなじだったのだ。

そんな私が、赤ちゃんを産んだとたんに視界が変わった。赤ちゃんに安全なものを食べさせたい。きれいな空気で、安心な社会で育てたい。そう思ったら、にわかに政治が気になり始めた。


こう考えてくると、近頃の結婚したがらない(できにくい?)傾向は、少子化や将来の社会保障の問題もさることながら、もっと深刻な問題も潜んでいそうに思えて来る。

結婚して神奈川に住んだ時、もちろん近所は知らない人ばかり。向こう三軒両隣への引っ越しの挨拶はしたものの、それ以上ご近所との距離を縮めるものはなく、夫を仕事に送り出すと、夫が帰宅する夜まで誰ともしゃべらないという日も珍しくなかった。

それも赤ちゃんの誕生で劇的に変わった。抱っこして散歩していると、必ず誰かが声を掛けてくれる。時には子供と私とお邪魔してお茶をごちそうになる。同じような赤ちゃんのいる人と親しくなる・・・。どんどん私の世界は広がっていった。



自分のいなくなった世界に興味のない人が増えるとしたら、それは社会にとっていいことでないのは明らかだ。こんな時代にすぐ結婚率や出生率を上げることはできないけれども、せめてバラバラな世帯同士、人間同士を繋ぐ努力をしなければ・・・。そう思うと、町内会とか自治会はますます重要で、お役の方々には奮起していただかなくてはならない。ブログで繋がることも新しい「お付き合い」の在り方だろう。



ご近所さんに支えられて子育てしていた頃
近くのお蕎麦屋さんで