よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

ネームバリューや資産を何に使うか

今日の昼のテレビで、歌手で俳優の杉良太郎さんがデビュー前の15歳から55年間、100回以上の刑務所慰問をしていると紹介していた。

話を聞く受刑者たちに自分とこうして2回会ったという人、3回・・・と聞いていくと5回以上という人までいた。再犯を繰り返さないようにと言ったのに・・・と残念がっていた。刑を終えて社会復帰してもなかなかものごとが思うようにはいかず、中にはむしろ塀の中の方が暮らしやすいという人もいるようだ。

刑務官の人達とも対話の場を持ち、悩みや苦労を聞いている。近頃は受刑者の高齢化が進み、自分で歩けない、食べられないという者もいて、刑務官が車椅子を押していることもあるという。まさか刑務官になって、下の世話をすることになるとは思ってもいなかったことだろう。携わっている方たちのご苦労もさることながら、経費もかなり嵩むのではないだろうか。


杉さんはこの刑務所慰問のほかにベトナムの孤児の支援もしていて、現地の施設に行き援助をするほか、今までに80人以上の孤児を自分の養子にして育てているのだそうだ。芸能人がチャリティー活動をすると、売名行為だとか偽善だとか言われたりもするけれど、杉さんほどの活動となると、よほどの気持ちがなくてはできることではない。


アメリカでは俳優などが成功すると自然保護活動や社会活動をするのがひとつのステータスになっているようだ。それは、そこまでいって初めて世間がセレブリティと認めるという文化があるからではないだろうか。日本では単発的なチャリティーショーなどへの参加はあっても、なかなか定着した活動にはならない。たとえ売名的偽善的であったとしても、偽悪より偽善の方が圧倒的に世の中のためになるのだから、大いに賞賛し広めれば良いのにと思う。少なくともお金を持ったとか有名になったとかだけで「セレブ」と呼ぶのは間違いだ。


自分が社会に影響を与えうるようなビッグネームになったとき、その力を何に使うか。一般の社会人とは桁外れの資産を手にしたとき、そのお金で何をするのか。地位や権力財力を持った時、人間の真価が問われる。




あたしたちは庶民ネコね