よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

「命を語り継ぐ集会」で中学生と黙祷

桜丘中学校の「命を語り継ぐ集会」に出席した。東日本大震災以後、この学校では毎年この集会を開いている。わが豊橋ユネスコ協会も共催ということで、式の始めに会長が挨拶をした。

毎年夏休みにはこの学校の生徒とユネスコのメンバーも一緒に、宮城県山元町の小学校に学習支援のボランティアに行く行事も続けている(私は今のところ家を空けられないので参加したことはないけれど)。

その縁で、例年この集会には山元町の小学校や中学校の校長先生をお招きしてお話を伺っている。今年は津波に襲われたとき児童と一緒に学校の屋上に避難し、救助されるまで子供達と一晩を過ごされた中浜小学校の岩崎先生がいらして、体験から学んだことをお話し下さった。温かな人柄が偲ばれる穏やかな話しぶりで、直接悲惨なことはあまり仰らなかったけれど、データの数字や、画像は十二分に事態の苛酷さを想像させるものだった。


この桜丘学園(中学と高校がある)では阪神淡路大震災被災者とも20年来交流を続けている。もう現在の生徒たちは当時は生まれてもいなかった子供たちな訳だけれど、先輩からずっと活動が引き継がれているそうで感心する。悲惨な続報が連日流れる間は人々の関心も集まるけれど、その気持ちを持ち続け、さらに何かしらの活動を続けるのは簡単なことではない。

私も今日の集会に参加して、建物の屋上に避難した人たちが手元にあるもので大きくSОSの文字を書き、上空を飛ぶヘリに助けを求めていたテレビの映像を初めて見た時の衝撃を思い出した。そして特殊な場所のごく不運な状況だろうと思ったのが、そんな場所があちこちに存在し、もっともっと悲惨な状況が時間の経過とともにどんどん明らかになって行った、あの4年前のことを鮮やかに思い出した。



もう世の中の大半は何事もなかったかのように震災以前の生活に戻ってしまっているけれど、あの大変な経験を風化させないで被災地のためにできることを考え、そして自分の足元の災害への備えも忘れないようにしなければいけないと、あらためて確認した集会だった。