よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

生活困窮者自立支援法のワークショップ参加

1月に「生活困窮者自立支援法はどのように地域社会で活用できるか」というテーマのシンポジウムを見かけ、インターネットのサイトで申し込みをしていた。で、今日がその開催日だった。

主催は愛知大学文学会カルチュラルスタディーズ研究会というところ。この4月から施行される法律らしいが、どんなものか全く分からないし、もしその法律を活用して地域で何かできることがあり、なにか手伝いができるならという気持ちで参加した。

第一部は6人のパネラーによるシンポジウムで、第二部が参加者によるワークショップになっている。15分の休憩を挟んでどちらも2時間と、たっぷりした時間を取っていて手ごたえがありそうだと期待した。

最初のパネラーは野洲市の市民生活相談課の方で、現在取り組んでいる生活困窮者に対するワンストップのサービスについての報告だった。内容も利用者の立場に立った温かみの感じられるものだったし、パネラーの女性は関西なまりそのままの気さくな話し方でテキパキした無駄のない発表で好感が持てた。

ところが次に登場したわが市の障害福祉課の方の話が、あまりに対照的なもので非常に残念だった。まずは持ち時間を大幅にオーバー。それでも内容が充実していればまだ許せるけれど、結局その方が何十年という長きにわたって福祉に携わってきたらしい、ということしか私の頭に残っていない。パワーポイントで作られた画面も文字や図表が小さくて見ずらく、それをプリントしたレジュメもまた紙面に対してあまりに小さく、分かり易くする工夫もまるで見られない代物だった。

2人目の発表ですっかりグッタリしてしまったが、次からは実際にホームレスなど困っている人のために活動している三つの民間の団体の代表者の話になり、具体的でなかには非常に参考になる活動もあり良かった。

そのあとの岐阜大学の准教授で精神科のお医者さんという方の話は、路上生活者には知的あるいは精神障碍の人の割合が一般よりかなり高く、それはそういう人たちでも対応できるような仕事が減ってしまって職場からはじき出され・・・と落ちこぼされて行った結果だという報告だった。

農業が中心だった昔は、ハンディのある人たちにもできる仕事があり、社会の中に居場所があったという話は示唆に富む。この影響か、第二部のワークショップでは農業の6次産業化で自立支援を図るというテーマができた。

ただ、ここまで話を聞いても肝心な「生活困窮者・・・」なる法律の話はまるで出て来なくてどのようなものなのかさっぱり分からず、またそれを地域でどのように活用できるのかについても全く言及がないので、少々肩すかしを食らった感があった。


タイムオーバーのパネラーのために15分予定を繰り下げて第二部となり、隣の部屋に移動して5、6人のグループでのワークショップに移る。この第二部への準備もなんだかダラダラしている感じがして、短気な私はよほどもう帰ろうかと思ったのだけれど、自分もユネスコの出前授業でワークショップをするので、どんな運営をするか体験するのは参考になるかも知れないと思い我慢して待った。

話し合いたいテーマのある人が提案し、提案者を中心に6つのグループで討論した。私は「生活困窮者とはどういう人たちか」という根本的な問題のグループに参加した。提案したのは名古屋で「草の根ささえあいプロジェクト」という団体をしている、白杖を持った若い女性だった。他には、性的マイノリティーの人達のための活動をしている方、包括支援センターで働いている方、自分自身が仕事を失いそうで、現在もかなり短時間の仕事になっていて困窮者になるのが時間の問題かもしれず、今日は何か参考になるかと期待して来たという方もいた。


結局肝心な法律の実態はまるでつかめず、また自分にできることの具体像もまだ見えていない。テーマとはだいぶ乖離したシンポジウムだったけれど、ワークショップではかなり自分の意見も伝えられたし、弱者やマイノリティーのためにさまざまな活動に取り組んでいる人々と出会えて収穫はあった。しっかりアンケートに意見を書いてきたし、連絡先も記入したので、もし次回があれば通知が来るだろう。

おそらく自立支援法というのは要するに「自己責任でね!」と言わんばかりのものなのだろう(障碍者自立支援法がそうだったように)けれど、成立してしまった以上は、それをいかにうまく使っていくかを考えるしかない。

野洲市などは自治体の規模も小さいので血の通った行政ができるのかも知れないが、とかくお役所に任せていてはせっかく使う税金が十分生かされないことが多い。そういう点では今日のわが市のお役人のパネラーは、(その方の実際の仕事ぶりは分からないけれど)それを体現していたとも言える。

対照的に民間の方たちの発表が充実していたように、法律や公的機関をうまく活用し、そこに民間の知恵やパワーをプラスすることで、より有意義な社会の助け合いが機能するのではないかと思う。これからも自分の立場で自分なりに何ができるかを考え、やれることをひとつひとつ実行していきたい。