よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

良い思い出を胸に帰国を・・・

なぜか書きそびれていて少し日がたってしまったけれど、先月下旬に国際交流サークルでまたポットラックパーティーがあった。今回はご主人の留学期間が終わって帰国することになったインドネシア人のIさんと、ご主人の転勤でアメリカに行かれる日本人のAさんの、送別会も兼ねていた。




例によって各自持ち寄ったお料理
私は今回ジャーサラダを。
ビンに入っているところを写すのを忘れちゃったので、
たんに平凡なサラダになってしまい、存在感ありません



赤ちゃんを抱っこしているのが今回の主役の一人Iさん
「挨拶を」と言われ話し始めると、泣いてしまいました
聞いてる人たちもお付き合いの長かった人たちはもらい泣き・・・




書く前に少々確認を・・・と思いネットで検索したのだが、それらしい記述が見つからないので、もしかしたら根拠のある話ではないかもしれない。けれども私にとってはとても強く記憶に残っている。もう何十年昔だろう。掲載されていた雑誌は姉が購読していた中原淳一さん編集の「それいゆ」だったと思うので、50年近く昔のことかも知れない。

著者が誰であったかは覚えていないけれど、第二次大戦でドイツは国中大変な攻撃を受けたが、ハイデルベルグは奇跡的と言ってもいいほど被害がなかった、ということを書いていた。そしてその理由が、ハイデルベルグには良い大学がたくさんあり、連合軍の指導者の中にもそこの大学で学んだ人が少なからずいて、自分の青春時代の思い出の地を攻撃するのに忍びなかったからだ、と書いていたのだ。

ひと回りほども年の違う姉が娘時代に読んでいた雑誌(結婚するときおいて行ったものを私が気に入ってその後愛読した)なので、その文章を読んだ時の私はまだおそらく中学生とかせいぜい高校生くらいではなかったかと思うけれど、この話はとても印象に残っている。


優秀な人材を良い条件で、留学生として受け入れる。そして学校だけでなく地域ぐるみで温かく迎え、楽しい留学生活を送ってもらう。そうして日本には良い友人も良い思い出もいっぱい・・・と思ってもらうことは、私達にとっても大切なことだ。防衛費にかけるより有意義な使い方になるかも知れない。


私達の国際交流サークルには、Iさんのように留学したご主人についてきた奥さんたちが多い。このサークルで日本の文化について少しでも理解を深め、言葉も文化も違う異国の地で、心細い思いをすることなく、楽しく過ごしてもらえたらいいなと願っている。

実際に付き合ってみれば、言葉や風俗習慣に違いはあっても、人の心は同じだということが分かる。人種や国による違いより、個人差の方が大きい。どこの国にも善人もいれば悪人もいる。環境や経済的な困難さが割合を高めることはあるだろうけれど。