よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

美術館ではお静かに

昨日は今年最初のピアノの稽古日だった。帰りに隣りの美術博物館で、ピアノ仲間の日本画サークルの作品展と、豊橋に生まれた異端の日本画家中村正義の展覧会を鑑賞した。

正直なところ中村正義の作品にあまり興味はないのだけれど、せっかく美術館に行くのだし、今回は故・小松三郎氏の56点に及ぶコレクションと、豊橋美術博物館が所蔵する4点(かつてはこれらも小松氏の所蔵だった)を合わせて展示するそうなので、見ておくことにした。

画集などで見てもかなりインパクトの強い画風だけれど、さすがに実物は力がある。夏目漱石の「坊ちゃん」の挿絵などもあり、興味深かった。私には、クセの強い日本画の作品より、あっさりした水彩画などのほうが好感が持てた。


作品よりなにより気になったのは、展示室で声高にしゃべっている方々だ。いいお年をなさった男女数人が部屋の一か所に丸くなって、全く声をひそめるでもなくずっとしゃべりあっていた。つい、私は嫌味たらしくチラチラとその人たちの方を見てしまった。心の中で「うるさいんですけど・・・」と言いながら。私の「嫌味な視線攻撃」が効いたのか、しばらくするとそのグループは出ていき、やっと落ち着いて作品と対峙することができた。

展示室の外には腰を掛けられるコーナーもあるし、なんなら館内に喫茶もあるのだから、しかるべき場所に移動してゆっくりお話しなされば良いものを・・・。美術館は魂を楽しませる場所だから、あまりにピリピリした緊張感がみなぎっている(有名で超高価な作品が海外から来ているときなど、警備員や美術館職員にありがち)のも残念だけれど、やはり落ち着いた雰囲気は大切だと思う。感想や感動を共に見ている人と分かち合いたければ、ぜめて周囲に気を配って低い声でお願いしたい。


もうひとつの日本画教室の作品展は、習っていらっしゃる方々の楽しみのためのものだった。いつもこのような作品展を見るたび思うことは、日本中でおそらく毎日のようにどこかしらで、こうした作品展が催されているのだろうなということである。日本は本当に平和で豊かで幸せだと、しみじみ思う。なんだかんだと言っても、政治はまずまずうまく機能しているのだろう。おもに、現在リタイアしてたっぷり自由時間のある年齢層に対しては。


時間的にも経済的にも恵まれている高齢者たち。私のピアノ仲間はしっかりした会社を定年退職し、ピアノに尺八、日本画などを習い、数か月ごとにご夫婦で海外旅行も楽しんでいる。まさに典型的な今時のリタイア人生を謳歌なさっている。それはもちろん喜ばしいことだけれど、自分たちの楽しみだけではなく(その方たちがそうだという訳ではない)、ほんの少し、他の世代のことや他の国の人のことも考えてほしい。そして机上の議論を戦わせるだけでなく、それぞれの立場でできる具体的なことを、ささやかでもいいから一人一人が心がけたら、ほんの少しこの世界は変わらないだろうか・・・などと考えてしまう。


さてさて、私は明日いよいよ今年最初の小学校への出前授業。寒さが厳しそうだから、暖房のない学校での数時間にそなえ、しっかり着込んで行かなければ!


中村正義展チラシ→http://www.toyohashi-bihaku.jp/wp-content/uploads/2014/01/f281ed0a80635ab26740d8b719029604.pdf