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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

文化、習慣の違い?

暮らし

第一日曜日の今日は私の住む集合住宅の一斉清掃の日。8時少し前に出てうちの玄関ドア前あたりを掃いていたら、お隣のフィリピン人のご主人が慌ててパジャマ姿で掃除に出て来た。

 

この方は去年私がウッドカーペットを通販で買った時1人ではどうにも部屋まで運べず、お願いして手伝っていただいた人。まだ日本語もままならないのに、今年は組長をしてくれている。組長だから余計に、遅れてはいけないと責任感を感じて急いで掃除に出て来たのだろうか。そのパジャマもジャージの上下といったものではなく、前開きで襟が付いた典型的なパジャマ。

 

パパッと着替えるのに5分もかからないだろうに・・・とおかしかった。たぶん日本人ならここはちょっと遅れても着替えてから出てくるのではないかと思うけれど、洋画を見ていると結構ガウンを羽織ればもうOKという感じで平然と外に出ているシーンをよく目にする(さすがにパジャマやネグリジェのままということは、あまりないように記憶しているが)。でも今朝のお隣さんはガウンも羽織ってはいなかった・・・。

 

 

話しは少しそれるけれど、近頃私はなるべく部屋着に見えるような寝間着を選ぶようにしている。以前はパジャマらしいパジャマとか、あるいはちょっと夢のあるナイティが好きだったのだけれど、あの大震災の後から考えを変えた。寝ているときに何かあって避難する場合、服を着替えている暇も気持ちの落ち着きもないかもしれないので、万一着のみ着のまま避難場所に行ってもいいように、いかにも・・・の寝間着は敬遠するようになった。

 

昨日も非常食など十分備えていないことを書いたけれど、服も朝起きてから今日は何を着ようか・・・と考える習慣で、なかなか「翌日の衣類を枕元に用意して寝る」ということができない。東南海地震がいつ来てもおかしくないとずっと言われている。全く気にならない訳ではないけれど、具体的な準備も心構えもいい加減に暮らしている。

 

備えあれば患いなしと昔の人は戒めてくれているのだけれど・・・。

 

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箱の中にいれば大丈夫?