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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

空気を清浄する、という言い方

ことば

このところ頻繁にテレビから聞こえてくる「空気を清浄しながら、暖かい風を・・・」という言葉。某電機メーカーのファンヒーターのコマーシャルらしい。

 

空気を「清浄する」とはこのCMで初めて聞いた。「清浄にする」か「清浄化する」の間違いではないだろうか。これでは「部屋を清潔する」と同じことだと思う。昔「〇〇を科学する」という言い方がやはりCMから始まったように記憶している。その後「科学する」は普通の動詞と化し、特に新鮮さを与える力も無くなってしまった。

 

「科学する」の場合はまだこれに代わる言い方を考えた時、「科学的な考え方をする」とか少々説明的な言い方になってしまうので、「科学する」という新しい言い方を生み出す必然性があったかも知れないが、「清浄する」はただ「に」とか「化」の一音を入れるだけのことなのだから、無理にこのような不自然な言い方をして欲しくない、と私は思う。

 

ナレーションの方の声や言い方にインパクトや説得力があるだけに、感染の影響力が強そうで心配になる。奇をてらっているのなら、これは新奇性を狙ったもので、通常の言い方ではないんですよと分かるような扱いにして欲しい。

 

今日姉と電話で話した時、姉も、この間女優の原節子さんが亡くなった時に、ニュースで流れた昔の映画の原さんの言葉のきれいさに感激したと言っていた。私はかつてあの頃の女優さんの美しい言葉が聞きたいばかりに、『東京物語』のビデオを買った。もう再生装置が無くなってしまったので、残念ながら処分してしまったけれど。

 

そのニュース映像の中の原さんや、先日の「報道ステーション」で古館さんのインタビューに答える吉永小百合さんの話し方などを見ると、美しい言葉は美しい発声や美しい佇まいを生むのだということに気付かされる。おそらく乱暴な言葉は、汚い発声や醜い行動につながるだろう。

 

今までにも何度も書いてきたように思うが、つくづく昔の映画やテレビ番組ばかりのチャンネルが欲しい。お手本を常に聞いていなければ、自分も現代の話し方に染まっていってしまうだろう。おかしな言葉にどんどん耳が慣れていってしまうだろう。

 

先日はNHKのニュースで、「大変に乱雑になっていた」様子を表すのに「メチャメチャ乱雑に・・・」と言うのを聞いて驚いた。タレントさんの会話でも、関西人でもなく年齢的にもいい大人の人が「メチャメチャ」と使うのはあまり格好のいいものではないと思うのに、NHKのニュースで、しかも年配の男性アナウンサーが使うとは・・・。かなり以前に『その時歴史は動いた』という番組で、50代くらいであったろう松平アナが、当時まだそれほど多くの人が使っていたわけでもない「真逆(まぎゃく)の」という言葉を平気で使ったのを聞いたときと同じくらいの衝撃だった。

 

言葉は時代とともに変わる。また、ネイティブではない人が大勢使うようになれば、簡略化されて行くのも当然の流れだ。でもだからこそ、アナウンサーとかコメンテーターとか司会者といった言葉を生業にしている人は、普段から言葉には人一倍神経を使ってほしい。

 

世の中の語彙が恐ろしい速さで減っていっている今という時代は、多分人間の感性も同じ速さで雑になっていっているのではないだろうか。思考もどんどん単純になっていっているのではないだろうか。流されてしまった方が楽なのだろうが、どうもへそ曲がりで抗ってしまう・・・。

 

 

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猫の鳴き声は変わらないからいいニャー。

あっ、でも昔は「ねうねう」と鳴いていたとか・・・。