よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

ちょっとした言葉で

一か月ほど前、新しいメガネを作ったことを書いた。その前のものは、メガネの似合わない私が初めて自分の顔にぴったりする感じのものに出合い、実際に使い始めてからもずっと気に入って使っていた。今回もお店でかけてみた時はいいと思ったのだけれど、いざ出来上がって使い始めると、なんだか似合っていなかったような気がして、早々に小さな後悔の念が生まれていた。

 

それが、先日の母の一周忌の折に、「新しいメガネ、いいじゃない」と次男が言ってくれたおかげで、すっかり気持ちが変わってしまった。それからというもの、鏡を見てもしっくり馴染んでいるように見えるのだから、我ながら単純なものだと思う。

 

でも、人間なんて多かれ少なかれ、そんなものではないだろうか。褒められたり同意してもらったりすれば嬉しく自信が持てるし、けなされたりくさされたりすれば悲しく情けなくなる。もちろん、反論も建設的で納得のいくものなら、思考を深めるためにもきちんと耳を傾けなければいけないけれど。

 

人を傷つけるのも、喜ばせるのも言葉。口から出すのは簡単だが、一旦出してしまうともう決して口の中に戻す訳にはいかない。消しゴムで消すこともできない。できることなら、肯定的な言葉、明るい言葉、建設的な言葉を多く使いたいものだ。

 

 

この間、ニュース番組のコーナーで、来年の干支の置物作りをしている人の紹介をしていた。申年(さるどし)にちなんで「見ざる言わざる聞かざる」の三猿がたくさん作られていたが、その変形も作っていた。「よく見よく聞きよく話そう」ということで、目をしっかり見開き、耳に集音の手を当て、口を大きく開けている猿の像を彫っていた。

 

  

目も耳も塞ぎたくなるようなニュースが多く、物言えばこっぴどくたたかれて、唇寒し・・・となりがちな世の中ではあるけれど、やはり逃げていては何も解決できない。時に辛いことがあっても、よく見て、よく聞いて、しっかり自分の頭で考えて、よく人と話そう。

 

あら、これは民主主義の基本でもあった!あの猿の置物を安倍首相にプレゼントして差し上げなくては・・・。

 

 

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無難な処世術ではあるのだろうけれど・・・。

 

 

追記です。

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小さいけど見つけました、「逆さ三猿」と言うのですね。