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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』石井光太著

著者は今までアジアや中東やアフリカの貧しい国々を取材し、貧困、紛争、犯罪といったことのルポルタージュを書いてきた人だ。そうした中で多くのストリートチルドレンを目にした。ところが、そうした国々でもその国が経済発展をすると、わずか1年、2年といった短い期間で道端に横たわる子供の姿をほとんど見かけなくなる。

 

著者は、政府が社会の大きな問題に蓋をしたまま、力づくでストリートチルドレンたちを追い払い、うわべだけを飾り立てているように感じた。そうした経験がきっかけとなって、日本の戦後の浮浪児をテーマにしたドキュメンタリーに取り組もうと思い立ったそうだ。

 

戦後の調査で孤児の数は全国で12万人余に上ることが明らかになっていて、駅前や闇市には浮浪児となった子供たちが大勢いたはずなのに、日本の政府は今の新興国と同じように彼らを町からも記録からも抹殺して新しくきらびやかな町をつくり上げていった。それが今の上野であり、新宿であり、丸の内であり、そして東京なのだと気づき、世界という横軸から、歴史という縦軸の視点で日本をとらえてみようと思い、記録と証言を一つひとつ掘り起こす作業を始めた。

 

テキヤ、パンパン、ヤクザといった今では差別語で使ってはいけない言葉なのかも知れないが、この本では当時のままの言い方で書かれている。けれども、テーマである浮浪児たちはもちろん、パンパンであれヤクザであれ、著者は取材対象にきちんと敬意を持って対しているからだろう、それらの言葉に差別や侮蔑の雰囲気はない。

 

空襲で家を焼かれ、親兄弟を失い、当たり前の暮らしを突然根こそぎ失い浮浪児とならざるを得なかった戦時下の子供たち。要領が悪かったり弱かったりすれば、飢えて死ぬしかないという悲惨な状況の中で、時にヤクザたちに便利に犯罪の隠れ蓑や捨て駒として使われながら、したたかに生き抜いていった浮浪児たち。

 

なかには出世してバブルの時代に栄華を誇ったものも出るが、終戦から60余年たって著者が会った元浮浪児たちは、子、孫に囲まれて平穏な生活をしている人もいるけれど、離別死別の果て孤独に暮らす人もいる。ただ、家族がいてもみな一様に浮浪児だった過去は家族に話せないで暮らしている。

 

また、こうした苛酷な状況に置かれた多くの子供たちを救うために、私財をなげうち家族全員総力で孤児たちを引き受け育てた、児童養護施設「愛児の家」にも多くのページを割いている。

 

当時を知る職員は軒並み百歳前後になり、証言を取るのは困難な中、かろうじて創始者の娘で、子供時代から母を助けて孤児の世話をしていた取材当時81歳の石綿裕さんに話を聞けたのは幸いだったし、元浮浪児の人たちもすでに70代後半や80代で体調を崩していて取材できない人もあったりしたことを思うと、著者がこのタイミングでこの本をまとめてくれたことは、本当にありがたいことであったと思う。

 

本人たちには何の責任もない、国策で戦争に巻き込まれ家を、家族を失って、公的な援助は何もないまま、戦後社会からも見捨てられた状態で生きて来た多くの戦争孤児だった人たち。このまま戦争の記録からも取りこぼされ、忘れられてしまいかねなかった人たちの記録が、こうして一冊のドキュメンタリーとして著されたことに感謝する。しかも全く「可哀想な子供たち」という視線でないことも心地よい。このような素晴らしい仕事が1977年(昭和52年)生まれの著者によってなされたことに驚き、心から敬意と称賛を送りたい。

 

 

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