よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

自分の生きる社会に責任を持つ

昨日のドラマ『図書館戦争』の中で、「女の子のあなたが、なぜ危険な図書隊の仕事なんかをしなくちゃいけないの?」と責める母親に、ヒロインの郁(いく)がこう答えるシーンが印象的だった。

 

みんなが人任せにしていたから、こんな(検閲の力が異常に強くなって読みたい本が読めない)世の中になっちゃったんじゃない。」

 

これもまた実に現代にドンピシャリな言葉だと思った。

 

だから、郁は「自分が守りたいと思う本を、人任せにせず自分で守る」ことを選んだのだ。人生は選択の連続。その大切な選択を人任せにしていたのでは、充実した人生など在りようはずもない。

 

選挙権という大切な権利を行使せず、「時の権力者に一任」する人が多かったために、いつの間にか権力を見張るはずの報道が権力に取り込まれ、何万、何十万という人たちが抗議の声を上げてもデモをしても、平気で無視するような強権的な政治を赦してしまった。

 

最大の悲劇は、悪人の圧制や残酷さではなく、善人の沈黙である」と言ったのは、キング牧師だ。「誰がやっても同じ」だとか「どうせ変わりっこない」などと分かったような口をきいてクールだと勘違いしてはいけない。自分の沈黙が悲劇を呼ぶという自覚を持ってほしい。

 

 

昨日はとても嬉しいニュースもあった。大村智さんのノーベル賞受賞だ。でも、会見の席上に電話が入り会見を中断。安倍首相からだった。「なんか感じ悪いよね」だ。会見中なら遠慮すればいいのに、いかにも会見の最中に繋がせて(何の最中だろうが首相なら繋いで当然という傲慢さ)目立とうという魂胆のようで、私は非常に不愉快だった。

ああ、こんなにも人を嫌いになったのは久しぶりだ・・・。

 

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1999年、ということは、ドリーム2歳です。(まだオデブになる前)

お気に入りのテレビの上で、くつろぎ過ぎ!

ネコにはお気に入りの場所やお気に入りの餌(それも与えられる範囲内での)くらいしか、選択できるものはない。

だからこそ、飼い主はできる限り彼らが快適な猫生を送れるよう、

配慮する責任があると思う。