よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

『愛のひだりがわ』筒井康隆著 犬と話す少女の冒険と成長

不思議な題名だけれど、愛という名前の少女と、彼女の左側に寄り添って彼女を守るものたちが次々に登場する、冒険と成長の物語だ。

 

小学6年生の愛は、小さい時野良犬にかまれ、しかもその時の治療が適切でなかったために左腕が不自由だ。父親は事業に失敗して行き詰り、妻と娘を捨て失踪。母親は場末の飲み屋で働きながら愛を育てていたが、その母も過労のためかあっけなく死んでしまう。

 

母親は苦しい生活の中でも娘の将来を思いお金を貯めていたのだが、その金も飲み屋の経営者夫婦に横取りされてしまい、寄る辺のない身となった愛にその経営者はここで使ってやる、部屋もそのまま住まわせてやると恩に着せて、愛を学校にも通わせずこき使う。

 

そんなつらい日々を送る愛だけれど、彼女は犬と話をすることで慰めを得ている。悪い大人のために危険な目に遭いそうになると、店の残飯をやっているその野良犬たちが彼女を守る。

 

また、同級生で空色の髪をした美しい少年サトルが、陰になり日向になりして愛の力になってくれることも、彼女は心強く思っている。さらに、犬たちもサトルも守り切れないと、不思議な光のようなものが現れ敵を追い払ってくれる。どうやら母のゴーストらしい。

 

何気なく読み始めたが、少しして舞台が現代よりさらに荒廃し、警察も腐敗して頼りにならなくなっている近未来であることが分かる。10年以上昔の作品だけれど、金持ちは金持ちだけで頑丈な壁を巡らせた町に住み、警察から引き抜いた自警団を持つ・・・という設定など、今まさにアメリカで起こり始めている現象で、リアルさにうすら寒くさえなる。

 

主人公は小学生、犬と話せるとか空中浮遊とかの超能力も扱われていて、漢字にはかなりルビがふられているし、一見子供向けの物語のように感じるけれど、描いている世界は深く、とても読みごたえがあった。

 

障碍を抱えた子供という二重に弱い存在である少女が、力を貸してくれたり共に戦ってくれたりする人や動物とともに様々な困難を乗り越えていく中で、自分の感情を抑えることを覚え、学ぶことで強くなっていく。

 

彼女には不自由な左手の側にいつも守ってくれる存在がいるのだけれど、内面の成長によって、一人で社会に立ち向かう強さを手に入れていく。けれどもそれは子供時代を卒業していくことでもあり、そこには喪失の悲しみも・・・。

 

「愛のひだりがわ」ってなんなんだろう?という興味だけで、『時をかける少女』の系統の作品などとも思わず手に取った。なにしろ、著者の前回読んだ作品が『ヘル』だったため、こんなに純粋な美しい物語とは想像だにしていなくて、良い意味で裏切られた。

 

胸躍る冒険と、幼く甘酸っぱい少女の思いと、不思議な力を持つ子供時代との決別の寂しさ。魅力的(特に愛を守るため刑務所にまで入ってしまう「ご隠居さん」)な登場人物たち。非常に楽しく魅力的な読書だった。

 

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